「真ちゃーん、こないだ言ってたあれのことだけどさぁ」
事の発端は高尾のこの一言だった。
部活の自主練中、いつものようにシュート練習に勤しむ緑間の元へ高尾が歩み寄って行く。
ここまではよくある光景で。
オレと木村もちょうど期末考査の話をチラッとしていたから、アイツらのことを視界の端に捉えてはいた。
「ああ……あれの事か」
「そうそう。あれさ、アイツが使ってみたらしくて……何かあれよりあっちの方がいいみたいなんだけどー、真ちゃんどう思う?」
は?
ちょっと待て高尾。
オマエ、代名詞多すぎんだろ。
聞こえてきた謎のあれにピクリと反応したら、やはり向かいの木村も同じように固まっている。
「あちらで暫く代用出来ないのか?」
「やー、それはちょっとムリでしょ、だってあれはなんていうか、ベタベタするし。長くはもたないし」
「オマエのそれに比べたら増しだろう」
「ヒドッ!これ結構いいやつなんだぜ?!」
ど れ だ よ ! ! ?
ふわっとした会話を続ける高尾と緑間。お互いには会話成立してるみてえだが、聞いてる分には完全にあれが何なのか気になって仕方ない。
「人事を尽くしているオレからしたら、高尾。オマエのそれは些か匂いがあれなのだよ」
「えええ!うそ!これクサイ?!」
「いや、臭くはないのだが柑橘の香りが強すぎる」
「でもあっちのよか全然良くない?ベタベタするあれよりか!」
柑橘の香りがするあれとベタベタするあれの一本勝負なのか。
何だ制汗剤の話か?
「まぁ……あれに関してはちゃんと専門的なものをもらうのが一番だとアイツには伝えておけ」
「確かにねー。ちょっとお金掛かるけどやっぱりあれはそうするのが一番だよね」
違ったらしい。専門的な制汗剤とか聞いたことねえ。
いやまじでだから何なんだよあれって。気になって試験の話どころじゃねえよ。
「うーん、オレもあれに変えよっかなぁ……」
「オマエはそれほど酷くないのだからそれのままで構わないだろう」
「えーでも真ちゃんのそれの方が、何かやり易いって聞くし」
「それは使用する人間次第なのだよ」
「ま、確かにオレ下手だけど!すぐダメにしちゃうし」
下手だとすぐダメになるあれ。
最早謎は深まる一方だ。
「……ん!とりあえずしばらくはこれでいくわ!」
「それがいい」
は、ちょ、オマエら何完結させようとしてやがる。こちとらまだあれの正体が分かってねーんだよ!
「じゃあアイツにはさっきのことメールしとくわ、ありがとね、真ちゃん!」
オイイイイ!!!待て高尾ォォォォッ!!!!
オレの心の叫び虚しく、高尾はロッカールームへと消えていった。
「……木村」
「おう……」
「オレ、今日あれが気になって眠れないかもしれない」
「……オレもだ宮地」
「あ。あれの他にあちらの件について話すのを忘れていたのだよ」
(名詞をお願いします)
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