結局。アイツから何かを奪えたことなんざ一度もない。
「ハイ!祥ちゃん!」
笑顔でお菓子を差し出してくる和成はアホみたいに笑っていた。
何がそんなに面白いのか知らねえが、人間の喜怒哀楽の最初と最後ふたつだけ凝縮したみてーにコイツはチビの頃からいつも笑っていた。
「祥ちゃん、なんかほしいものない?オレが持ってるもんならなんでも言ってね!」
小学生になっても変わらずへらへらしてる和成はものに対する執着のなさが異常なくらいなかった。
母親にもらったと喜んでいた玩具をオレが寄越せと言えば躊躇いなく渡したし、それをわざと壊したときすら笑っていた。
その笑顔がうすら寒くて、オレはそれ以後コイツから何かを意図して奪ったことはない。奪う前に和成が自ら差し出してくるのもひとつの理由だったように思う。
「祥ちゃん、まぁた人の彼女とっちゃったらしいじゃん」
「はぁ?知らねー」
小学校を卒業して和成もてっきり帝光に入るもんだと思っていたのに、何でか別の中学に進学しやがった。
しかも部活に入ったせいで会うことも殆どなくなり、オレは暇を持て余すように前以上に人から“何か”を奪うようになった。
与える人間がいなくなったから。そんな戯言を誰かが言っていた気がする。
「え。祥ちゃんがヤンキーみたいになってる、え。高校デビュー?」
「黙れ」
「あだだだ!ちょっ、暴力はんたーい!!」
高校になった頃にはすっかりお互い他人のようになって。たまたま家の前で出会したときに失礼なことを言ってきた和成をノリでしめたら、相変わらずコイツは笑っていた。
コイツは昔からなにも変わってない。
安心している自分に吐き気がした。
そう、変わっていないのだと。
勝手に思っていた。
「待ってよ真ちゃん!」
何となく続けてたバスケのウィンターカップ会場で。よく知る元チームメイトの緑間を追いかける和成を見るまでは。
自分でも分からない衝動に押され追いつく前のアイツを引き留めたら、驚いた顔に見上げられた。
よく考えたら、身長差も変わらないな。んなどうでもいいことが頭を過る。
「……っ、祥ちゃん」
「和成、アイツ、寄越せよ」
意味が分からない。
緑間なんざ欲しくもねえのに。
自分でもそう思いながら、言葉は勝手に零れ落ちて。
一瞬キョトンとしたあと、和成は笑みを浮かべた。
ほら、大丈夫だ。コイツはまた大事なものでも笑って差し出す。
「ごめん」
「……は?」
そう思っていたのに。
「オレの持ってるもの全部、祥ちゃんにあげたとしても……それだけは渡せないんだわ」
オレはいちばん欲しかったものを。
奪うどころか、奪われちまったのか。
(気づくのが遅いんだよ、クソが)
「祥ちゃん、あのさ……っ」
「はっ、冗談に決まってんだろーが誰が緑間なんざいるかよ!」
「……え?祥ちゃん、」
「精々楽しく部活ごっこでもやってろよ」
ひらりと手を振って踵を返したそのときのオレに、和成の表情なんて見てる余裕はなかった。
『バスケ以外のものならなんだってあげるのに』
確実に起こっていた擦れ違いに気づくことは、この先きっと無い。
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