「ほんとはさ、あんま無茶な事はしたくないんだ」
征ちゃんの為になんないから。
そう言って笑った高尾に、オレは何も言えなかった。
あれから数ヵ月経った今。
皆に別れを告げる赤司の隣に立つ高尾に、オレは声すら掛けられずにいる。
「体調には気をつけて下さいね、高尾君」
「北欧の方とかピンと来ないっスけど……たぶん寒いだろうから、風邪引かないようにね高尾っち」
「二人とも、心配するのは和成だけか?」
穏やかに微笑む赤司に黒子と黄瀬は「赤司君はボクらが言うまでもないかと」「そうそう、大丈夫かと思ったんスよ!」と笑う。
隣から紫原が複雑そうな表情で何かの袋を高尾へと差し出した。
「高ちんいなくなっちゃうのは寂しいけど、赤ちんと仲良くね」
「……ありがと、むっくん」
「うん。落ち着いたら会いに行くし」
落ち着いたら、などと。
まるで希望的観測だ。
赤司財閥の一人息子が行方を眩ませたとしてその後、何れ程の混乱が生じるか。皆、ある程度予想は出来ていた。
それでも。
赤司は家よりも、高尾を選んだ。如何に愚かで救われない選択か、本人が一番理解しているだろうに。
「オレは空港まで行けねーから途中で乗り継ぎな」
「悪いな大輝、少しムリをさせる」
「いやオレはいいけどよ」
僅かな合間寄越された視線。
勘の良い青峰は何かを察していたのだろうか。だが、オレと同じく口を開くことはなかった。
「真ちゃん」
「……ああ、」
「真ちゃんと離れるの、それだけが正直心配なんだよね」
「……」
「オレがいなくても、ちゃんと……ちゃんと生きててよ。そしたらさ、また会えるから」
見上げてくる高尾に馬鹿な事を言うなと、笑えたら幾分良かったのかも知れない。
隣に立つ赤司がそっと高尾の肩を抱くのを見て、渦巻く複雑な心中が高尾が去るのと共に消えてなくなってしまえばいいと思った。
「真太郎……心配はいらない、和成は、ボクが幸せにする」
「……そうか」
その言葉、忘れるなよ。
如何なる状況に見舞われても、な。
告げなかった一言。
オレが密告したことで赤司の父が放った追手を諸ともせず、それすら予想の範疇と言わんばかりに悠々と海外へ高跳びしていった赤司と。
最後に振り向いて、オレに笑顔で告げたアイツには。
そんな言葉、最初から必要なかったのだろう。
それでもやはり杞憂している。
高尾は、今。
ちゃんと笑っているだろうか。
「真ちゃん、元気にしてるかなぁ」
「……和成、オマエはそればかりだな。放って置かれるボクの身になったことはあるか?」
「ああ、ごめんって」
「だがきっと今頃、真太郎も同じようにオマエを案じていることだろう」
「うん。オレもそう思うわ」
「そういえば、最後に彼に何と伝えていたんだ?」
「あー、あははっ」
「??」
またね、真ちゃん。
大丈夫。心配しないで。
(オレは、自分の力でちゃんと、幸せになるから)
だから。
(キミもどうか、幸せに)
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