「とっておき、ね……」
くるりとボールを手のなかで回す。
小さくはない。大きくもない。
このひとつの球体が生み出す奇跡に、オレ達は夢中になって、一秒一瞬を惜しんで練習に励んでいる。
少し視線をずらせば、今日も今日とて人事を尽くしているエース様の姿。
放たれるボールはある種の芸術みたいに美しい放物線を描いて寸分の狂いなくゴールへと吸い込まれていく。
「緑間」
「何だ、」
「……んー、やっぱなんでもねーわ」
「何だそれは……用もないのに声を掛けたのかキサマは」
「うん」
「……」
躊躇いなく頷いたオレに整った眉がぐぐ、と寄った。
ケラケラ笑ってみせれば納得いかないといった表情で緑間は此方に向き直る。
「WCまであまり日はない。少しの時間も無駄にするな、高尾」
ああ。こうして、当たり前のようにコイツがオレのことを呼ぶようになったのはいつからだったろうか。
そしてオレも、いつからコイツのことを。
「真ちゃん」
「何だ?」
「上手くいく、と思う?」
「……不安か」
「だってありえねーもんよ」
赤司のもつ“眼”話や、それに対抗するための緑間との新技のこと。
さっき部室で聞かされた話は色々と突拍子なさすぎて、オレの頭は今オーバーヒート状態だっつの。
ボールへと落としていた目線を上げれば、思ってたより傍に緑間が立っていた。
まっすぐにオレを見下ろしてくる翡翠の瞳。
「高尾」
「何だよ」
いつから、こんなにまっすぐに見つめることが出来るようになったんだろうな。あんなにも嫌悪していたはずのこの目を。
失笑混じりに見上げてたら、真剣な面持ちのまま、緑間がそっと唇を動かした。
「オレにはオマエの力が……いや、高尾、オマエ自身が必要なのだよ」
その物言いにさすがのオレも顔に熱が籠る。
このエース様ときたらほんとに日本語が下手クソだ。んな言い方だと、勘違いするだろ。
「オイオイ……何か告白みてーになっちゃってるよ真ちゃん」
「そのつもりだ」
「は?」
は?
こてん、と首を傾げる。
いま、なんつった?
「……んん!?」
「不安になどなる必要はない。オレは人事を尽くしている運命の元でオマエと出会った。そして、これからも歩む。変わらず、オレの選び抜いた運命の元で」
「……っ」
「だから、高尾。オマエは迷わずにオレの隣を、歩いていればいいのだよ」
嘘だろ。
なんでそんなカッコイイのオマエ。
「……その、愛の言葉はあまり得意ではないが、オマエが望むなら……」
「いらねーよ」
「、高尾……?」
もう、そんなの。好きになるに決まってんじゃん。
「真ちゃんが、オレのパスを受け取ってくれれば」
(もうそれ以上は、望まないから)
(隣で、歩もう。共に、歩こう)
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