(六)
「 」
名前を呼ぼうと口を開いて。
そのまま、閉ざす。
知ってるはずないのに。
知ってるわけがないのに。
オレは確かに、この人の名前を呼ぼうとした。
それは頭のなかより、もっと深いところ。心に、体に、オレ自身に染み付いた、反射的なものだったんだと思う。
「宮地さん、明日来られると聞いていたのに」
「あ?今日オレが来たら何か悪いかよ緑間ァ」
「相変わらずガラが悪いですね」
「よーしオマエ表出ろ二輪で轢いてやんよ」
敵意剥き出しな、でも、ドコか心許し合った空気に何も言えず。黙って二人のやり取りを見つめる。
そんなオレの視線に気づいたのか、緑間がこっちを向く。そうすると自然に“宮地さん”と呼ばれたその人の目も、オレへと向いた。
明るい色の、瞳だ。
あのとき見た、色。
「体調は、どうだ?」
「え、あっ、元気です、よ…!ちょっと記憶無くしちゃってますけど、体は、」
「ぶっ、オマエ…!記憶喪失をちょっとで済ますかフツー…!」
「あ、その……そ、っすよね、あは、はは……」
何だろ、この胸に湧いてくるあったかいの。
浮わつくみたいな、でも妙に落ち着くような。自分でもよくわかんない感情。
「とりあえず緑間、オマエ帰れ」
「「はっ?」」
ぼんやりしてるとこに宮地さん、が突然とんでもないこと言い出すもんだから、緑間と思いっきりハモってしまった。
そんなオレら……いや主に緑間ににっこり笑いかけて。
「高尾と二人で話させろよ」
宮地さんの手が、そっと肩に触れた瞬間。
燻るように、心が揺れた。
良い意味か悪い意味かは今の時点では定かじゃない。
ただ。
オレは、確かにこの人を、覚えている。
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