(十)
記憶がないっていうのは、相手が自分のことを知っていてもこっちはわからないってことで。
だからつまり、相手との距離感が分からない。という事だ。
どこまで近づいていい?
どこまで晒け出していい?
わからないことより、分からない事による弊害にオレは怯えていた。
相手を知らない内に傷つけることが怖いと思う。
知らない内に落胆させたり軽蔑されたり、見限られたりすることが、何より恐ろしいと思う。
例えば緑間。
アイツは、バスケをするオレ……“秀徳バスケ部PGとしての高尾”を必要としている。
だけど今のオレではそれに応えることは出来ない。
いくら体裁を整えても、繕ってみても、チームを知らない今のオレは綻びだらけだ。
チームメイト達も、そんな高尾は必要としないだろう。
そんな風に、他人に求められるオレを、返せない今のオレが何より不快だった。
だった。はずなのに。
なんで、いま。
オレはこの人に抱きしめられて、今のままでもいいのかも、なんて思ってんだ?
てか何で部屋に入って来た途端抱きしめられてんだオレ。
「ごちゃごちゃ難しいこと考えんな。オマエはオマエだろ」
その言葉に張っていた肩の力が抜けてく。
不思議だ。
何でこの人、こんなに、安心するんだろう。
「忘れてんなら忘れてていい。ただオマエがごちゃごちゃ考えてるより、現実周りはよっぽどオマエのこと好きなんだよ、バーカ」
ああ、まただ。
こんなに安心するのに、心臓は忙しなく鳴り続けて。
きっと、オレは“宮地サン”が好きだったんだ。
背中に回された腕の熱を感じながら。
オレは無意識にそう思った。
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