(九)
例えば、オレが律義に日記でもつけているタイプの人間なら過去の自分の事が少し分かったかもしれないな。と家に着くまでの車中でぼんやり思った。
自室だと言われて入った部屋は、まるで時間が止まっていたかのような空間で。
出掛ける前に読んでいたのか、バスケ雑誌がベッドの上に開いて置いたままになっている。
机の上には春休みの課題と思われる真新しい三年のテキストと書きかけのノート。他にも、使いっぱなしの文具。充電器にささったまんまのケータイ。
そして何より目につくスポーツバック。
中には部活のジャージ、ユニフォーム。バッシュ。使い込んだそれらにも、オレの記憶は疼くばかりで甦りはしない。
帰って来たというより人の部屋にお邪魔した、っていう感じ。
漠然と、不安になる。
「……このまんまずっと、思い出さなかったりして、な」
言葉にしたらそれは嫌に現実味を帯びていく気がした。
陰鬱とした考えを払うように明滅するケータイを手に取ってみれば、未読のメールがあり得ない数字を刻んでいる。
ここでも“例の高尾君”は健在かと若干嫌気がしてそのままケータイをベッドへと放った。
その瞬間。
ヴーヴーヴー
「……っ」
着信を知らせるバイブに反射的に放ったケータイを拾い上げてしまうのは、やっぱり体が覚えている、ってやつなのか。
うんざりしながら待ち受けを見たにも関わらず、そこに表示されている名前を目にした瞬間またあのふわふわした感じが蘇る。
「……、もしもし?」
『おー高尾。とりあえず退院おめでとう』
「はい、ありがとございます…宮地さん」
『いま、家?』
「え、はい、家にいます」
わりと高めの声がオレを呼ぶ度、なんか心臓がきゅってなる。
なんだこれ。
電話越しに名前呼ばれてるだけだって。
なにちょっとときめいたみたいになってんのオレ。
『会いに行っていいか?』
「は?!」
『いや、今からオマエん家、行っていいかって聞いたんだけど?』
「え、いや、オレが行きますって、あの、ドコかで待ち合わせるとか、そういう」
『いいから。大人しく待ってろ』
最後は一方的に言い放って、宮地さんからの通話は打ち切られてしまった。
呆然とケータイを見つめたあと、慌てて部屋を片付け始めて。気づく。
「……っなんで、オレ……こんなドキドキしてんの……?」
宮地さん、って。
オレの、なに?
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