(八)





退院の目処がたった。
といっても記憶の方は何の目処もたっていないけど。

元々外傷はあまりないし、記憶を戻していくに当たって今まで通りの……それは勿論記憶を無くす、前の……生活を送る方が良いだろうと。
リハビリは通院でも可能だと言うことで、オレは短くもお世話になった病室を後にする運びとなったわけだ。

色んな人が会いに来てくれて沢山話をしてくれたにも関わらず、何一つオレの中には残ってなくて。
切欠すら得られないでいる自分自身が無性に苛立たしかった。

宮地さんの言っていた通りオレは対人関係に恵まれていたらしく“明るくて楽しくて優しい高尾君”に会いに来てくれる人は後を絶たない。でも、その“明るくて楽しくて優しい高尾君”を期待して会いに来る人たちに、オレはどこまで応えられているんだろう。

その期待されるオレを演じるオレは、酷く滑稽だ。





目が覚めてから二週間。





窓の外にはもう、桜が咲き始めていた。









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