夕暮れの帰り道
「雨やんだねー」
「見れば分かるのだよ」
二メートル程先を行く高尾は、まだ水滴の残る傘を何度か振るった。
パラパラと、飛沫が舞う。
「さっきの雨がウソみたいに晴れてら……あっ、見てみて、虹!」
確かに高尾が指し示す先には、雲間に掛かる虹が微かに見える。だが恐らく言われなければ自分では気づかない程度のものだ。
相変わらず、よく視ている奴だと思う。
それはものに限らず、人のことであったり、感情であったりと様々で。
オレには決して見えない世界を、この高尾和成という人物は視ているのだろう。
そして、その世界を共有しようと、歩み寄ってくる。
それが不快ではなくむしろ心地好いと感じている自分に気づいたときから、オレは高尾を意識していた。
「ていうか西陽やべーな、ちょう眩し……っ」
「太陽を直視するな高尾、目に良くないのだよ」
「う、わっ」
眩しそうに手を翳して夕日を見つめる高尾の腕を後ろから引けば、軽々とオレの胸へ飛び込んでくる。
そっと瞼を閉ざすように、掌でその目元を覆った。
「わ、真ちゃんの掌越しでも、視界が真っ赤だよ」
「そうか」
このまま抱き締めたらちょうど包み込むようになるな、と不意に考えて。考えた自分に焦る。
いきなり、ただのチームメイトに後ろから抱き締められて変に思わないわけがない。いくら高尾が適応力に秀でていようともさすがにおかしいと思うはずだ。いや間違いなく思う。
だが、胸に触れる温もりが離れることを、勿体無くも感じる。
もどかしい。
「おーい、真ちゃ……」
振り仰ぐようにこちらに向き直った高尾の瞳が、僅かに見開かれた。
その視線は、射抜かんばかりの勢いでオレを見つめていて。無意識に鼓動が速まる。
「……すっげえ、綺麗」
ふにゃりと気の緩んだ笑みを向けられ、一瞬言葉の意味を捉えかねた。
「真ちゃんの目。夕日に照らされて、キラキラしてる」
「……ッ」
何かが弾けるように。
衝動的にその体を包み込んでいた。
驚いたらしく身動いだ高尾に更に力を込めれば、びくりと体を揺らしたあと、様子を探るように背中に回る小さな手。
「えー、と……真ちゃん?」
「……好きだ」
「へ?」
戸惑うようにオレの背中を撫でていた手が、ぴたりと止まった。
「二度も、言わせるな」
「えええ、いや、だって」
「好きなのだよ、高尾」
「……っ」
触れた箇所から伝わってくる熱が心地好く、そっと目を伏せる。
耳元に唇を寄せて、オレはもう一度、高尾にだけ聞こえるよう音に乗せた。
「高尾……、好きだ」
次に目を開けたとき、高尾が頬を真っ赤に染めていたのは。
恐らく夕日のせいではない。
(伸びた影はひとつに重なって)