夜のキッチン
「高ちん、ごはんまだぁ?」
「紫原…オマエなんも手伝わずにごはん食べようっていうその心根な」
「じゃあなに手伝ったらいーい?」
間延びした問い掛けに振り返ったら、真後ろにさっきまでソファからはみ出るようにして寝ていた紫原が佇んでいた。
とりあえず手伝う云々以前に後ろに立たれたら手元が暗い。
大学に進学して一人暮らしを始めたオレは、偶然にも同じ学生アパートの隣部屋だったことが切欠で紫原にやたらと懐かれていた。
暇さえあれば家にやって来て飯をねだり、ゴロゴロして、気が済んだらそっとお菓子をひとつだけ置いて帰っていく。
新手の妖精か、っていつか話した宮地サンは爆笑してたけどこんなデカイ目立つ妖精がいてたまるか。
「なに?高ちん。じっとオレのこと見て。好きになっちゃったの?」
「はいはい、戯言はともかく味噌汁仕上げといてくれる?」
「ざれごととかひでー」
笑いながらオタマをくるくる動かす紫原の真意はオレには分からない。
コイツの言動はまるで子供の戯れのようで、そう考えると戯言、っていうのも間違ってないだろ。とか思う。
「ねーえ高ちん」
「んー?なにー」
リズミカルな音をたてて葱を刻んでたら、何か紫原の口調につられた。
手を止めずに尋ねたオレに倣うように紫原も、のっそりした動きを止めないままゆるゆると口を開く。
「オレねー、高ちんの作るごはん好き」
「おー、そりゃどうも」
「とくにね、お味噌汁。さいきん味覚えてきたからオレが仕上げしても味似てるでしょ?」
「ぶはっ!そういえば最初信じられないくらい味噌を主張してたよな、紫原の作った味噌汁」
「あれは辛かったー」
「薄めてたらちょう増えてさ、大変だったよなぁ」
「そうそう」
刻んだ葱を汁椀に注ぎ分けた味噌汁に入れて、ご飯を盛ったらテーブルへと運ぶ。キッチンへと戻ってった紫原が、冷蔵庫からお漬け物を取り出してくる。
目の前にうまそうな(って自分で作ったやつだけど)生姜焼きがあるというのにどういうことだ。
「おかずあるけど」
「いーの。半分はんぶんで食べるから、ていうかごはんおかわりするし」
「あ、そ」
いい加減コイツから食費を徴収するべきだろうか。
そんなことを思いながら席について、どちらともなく両手を合わせる。
「「いただきます」」
箸を持ち上げたところで、不意に紫原がこっちを向いた。
「ねえ高ちん」
「ん?」
「オレ、高ちんのごはん。ずっと食べたいんだけど」
「まじかー。やっぱり食費もらうしかない……」
「付き合ってよ。むしろオレのお嫁さんになって」
「…………、まじか」
「考えといてねー」
少しだけ、おいしそうに食べてくれる相手がいるのも悪くねえかも。とか思ったことは、しばらく黙っておこう。
(あとは食費と相談だ)