(※(前)の注意書きに同じ)









愛故といって全てが許容される訳ではないと、知っていた筈だ。
甘えていたのはボクの方で、見ないフリをしていたのも、やはりボクだった。

















「あ、征ちゃん。どうしたの?オレもう少し準備が残っててさ」





決して大きくないトランクに最低限の荷物を詰めている和成は、声を掛ける前に此方を振り返った。
巧妙な笑みは親しい人間をも騙してしまいそうで。ボクですら一瞬安心しそうになる。

自分の愚かな罪は、許されたんじゃないか。
彼の隣に立つことを、許されたんじゃないかと。





そんな都合が良すぎる話。
有るわけが無い。





「和成、少し話をしたいんだが……」

「うん?」





にこ、と柔らかい笑顔を向けられ、ボクは言葉を続けようとする。
が、そこから先は続かなかった。





「悪いんだけど、このあと社長に呼ばれてるから。ごめんな」





柔らかな拒絶に発言を遮断される。
ちょうどそのとき和成を呼びに来た敦と共に、彼はボクの前から去っていった。
笑顔を絶やすことなく。





 ――――――――――





「……」

「全く景気の悪い顔なのだよ。和成とはまだ話せていないのか」

「真太郎」

「オマエが行動に移さなければ、アイツはこのまま海を航ってしまうぞ」





眼鏡を押し上げながら告げた真太郎の表情は憂いを帯びていて、何故オマエがそんな顔をするのかと不思議に思う。
後ろから現れた涼太が苦虫を噛み潰すようにその端正な顔を歪めた。





「赤司っち、いい加減にしろよ」

「は、」

「アンタはただ、自分が傷付くのが怖いだけだろ」

「黄瀬」





怒りを圧し殺したような声音に、真太郎は制するように涼太を呼ぶ。
だが黄色の瞳はぎらりと此方を見据えたまま、反らされることはない。





「止めないでよ緑間っち。オレはちゃんと和成っちに言ったっスよ!好きだ、って!ちゃんとぶつけたら答えてくれるんだよ和成っちは、それを、赤司っちは…っアンタが逃げてばっかいるから!!ほんとに傷付いてんのは和成っちだろ!!!!」








しん、と



音が消える。






静かな水面にぽとりと落とされたのは、水色の彼の声だった。








「赤司君、手遅れになる前に、行ってはどうですか?」








弾かれるように部屋を飛び出そうとしたボクの背に、涼やかな声が掛かった。





「和成っちは、専務の所っスよ!」





振り返らずに走り去ったボクを、彼がどんな表情で見送ったかは知らない。





 ――――――――――





「和成……!!」

「は、……征、ちゃん?」





肩で息をするボクを驚いたように振り返る瞳から、決して目を反らさずに。そして拒絶を許さない至近距離へと。踏み出す。
腕を引いて真っ直ぐに見つめれば、偽り無い色が返って来た。





『ちゃんとぶつけたら答えてくれるんだよ和成っちは、』





涼太の、言っていた通りだな。と乾いた笑いが零れそうになるのを堪える。
ボクは誰よりも和成の傍にいるつもりで、何も分かっていなかったのだと思い知らされるようだった。





「和成、行かないでくれ」

「……っ」





彼の過去だとか、家系の柵とか、立場とか。
そういう全てを言い訳にして、一番肝心なことから逃げていた。



伝えられずにいた。





怖かった。



両親の仇だと、軽蔑の眼差しを送られるのが。
和成が、ボクから離れていくのが、怖くて身動きがとれずにいたんだ。



でも今、不思議と心は落ち着いていた。



そっと開いた唇を和成が見つめているのが分かって、自然と笑みが浮かぶ。








「和成が、好きだ。好きなんだ。ボクの傍に居てほしい」








そのたった一言で、いつか見た花のように表情を綻ばせる和成が、際限無く愛しく思った。








(だからもう、偽らずに寄り添おう)










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