「おら、呼べ」
「いやいやいや、ちょっと待ってくださ」
「ちょっと。ハイ待った」
「子供か!」
久しぶりのオフに宮地サン家に遊びに来たまではよかった。
いや何か来たときから機嫌が悪そうなのは察してたけど、いきなり「オイ高尾、名前呼べ」とか言われて「いやいきなり意味わかんないですよ宮地サン」と笑いながら断ったら壁ドンされた。
あの、誰かこの状況を説明してください。
「名前って、宮地サンの名前、ですよね?」
「知らねえとか言ったら轢くぞコラ」
「や、知ってますよ、ます、けど」
それとこれとは話が別でしょ。
仮にも先輩で、しかも、その、好きな人をいきなり名前で呼べるほど心臓強くないからオレ。
むしろ宮地サンに関しては自分でも引くくらいミジンコメンタルだから。ちゃんと自覚はある。
「知ってんなら、呼べよ」
近いですとか言おうものなら更に機嫌が悪くなりそうだけど、覗き込んでくる蜂蜜色の瞳が眩しくてもう動悸がやばい。
背中をピッタリ壁にくっつけたオレの両サイドに肘をついてんだから、そりゃ近いわ。
これは、オレが妥協するとこなの?どうなの?
「ほら」
耳元で囁くように促されてぞくりと体が震える。
見上げた先で、意地悪な視線とぶつかった。
「……和成」
「……っ」
このひとは、ほんとうに、狡い人だ。
そんな風に優しく呼ばれたら、もう応えないわけにはいかないでしょ。
「き、……清志さ、ンッ」
一瞬で距離がゼロになったかと思えば、貪るように唇を求められて。息つく間もなく宮地サンの舌がなかに侵入してくる。
思わずシャツを掴んだら、その手を荒く握り締められた。
口の中を一通り侵されたあと、ちゅ、とわざとらしいリップ音をたてて唇は離れていく。
「ふぁ……、みっ、ゃじさ……っ、いきなり何すんですか……っ!」
「元に戻ってんじゃねーか」
「そ…りゃ…っふ、かこうりょく、です」
「じゃ、もっかいな」
「むっ、ムリムリムリ!」
その広い胸板を押し返したら、絡まったままの指を掬い上げられ、そっと爪先にキスを落とされる。
今日は、いったいどうしたというのか。
唖然と見つめるしかできないオレに魅惑的に微笑むと、宮地サンはずっと疑問に思っていたことの答えをくれた。
「緑間が名前なのに、オレが名字呼びとか。どう考えてもおかしいだろうが」
その笑みの裏に真っ黒ななにかが見えた気がしたけど。
次の瞬間には、またオレの視界は綺麗な金に染まって。
ずるりと壁から離れた背中は、そのまま床へと落ちていった。
(名前で呼んで)
(13/8/30)