高尾が、オレを避けている、ような気が、しなくもない。
正しくは、避けるときがあるような気がする。
つまり、所謂“そういう雰囲気”になったとき。
高尾は決してオレと目を合わせようとしないことに最近気がついた。
「しーんちゃん、期末の数学のことなんだけど……」
放課後。いつものように笑いかけて来る高尾は至って普通だ。
顔を上げればその明るい色の瞳とぶつかる。そして目が合うと、高尾は必ず柔らかく微笑む。
その表情はオレと二人のときにだけ見せるものだと気づいたのも、専らこの数日内だった。
「分からないところでもあるのか」
「うん、ここね」
つ、と広げられた教科書に這う指先を目で追う。
オレのそれより小さな、高尾の手。
無意識に触れてしまいそうになる。
「……、真ちゃん聞いてる?」
「ああ、聞いている」
「そ?つうか部活ないのとかほんとヤだよなー」
つまらなそうに尖らせたその唇に視線が止まって、思わず頬に手を伸ばした。
「たか、」
「ていうかさ、宮地サンが自主練できるなら真ちゃんも頼めばさせてもらえんじゃない?」
パッと、窓の方へと顔を向ける高尾。
あまりも自然に避けられた手は行き場を無くして。
「……」
「?真ちゃん??」
「高尾、」
何度かあったこういうやり取りのあとも、オレはいつも気づかないふりをしていた。
もしかすると、高尾はオレに触れられたくはないのかもしれない。
だが、最初に「好きだ」と口にしたのは、オマエだったはずだろう?
じゃあ、なぜ、避ける?
不安と焦りが、限界に来ていた。
「高尾、オレが触れるのは、嫌か」
「……っ」
こちらを向いた橙色の瞳が、驚いたように見開かれる。
もう一度。確かめるようにオレは言葉を続けた。
「オレに触れられるのは、嫌なのか」
自分でも驚くほど小さな声しか出ず。高尾の瞳のなかに映るオレは、心底情けない顔をしていた。
あまりの自己嫌悪に俯きそうになった瞬間。
「し、真ちゃん……ちがう!その、違うから……っ!」
慌てたような声が、オレを引き留める。
「高尾……?」
「あ、の、なんていうか、その……っは、恥ずかしいだけだから!」
「は……?」
視界に飛び込んでくるのは、真っ赤に染まった、顔。
信じられない思いで凝視していたら「み、見すぎだって!」と手をブンブンと振られる始末。
その邪魔な手を掴んで、有無を言わさぬ勢いで身を寄せる。
「……っちょ、し、んちゃ……!」
「嫌じゃないのなら、遠慮はしないのだよ」
「えっ……?……っ、ん、ふっ」
薄い唇に、自らのを重ねて、吸えば。
はじめて聴く、高尾の鼻にかかった声。
感じる体温に心に巣食っていた蟠りが消えていくのを感じた。
「も、……っ、し、んちゃ…む、むりっ…」
「高尾」
「ふはっ…はぁ、ふ、……ちょっ、いきなりはじまっていきなり終わるとか、もー…っ、まじなんなの真ちゃんっ……!」
「帰るのだよ。オレの家で続きをする」
「へ?………………え。それもち勉強、のデスヨネ?」
半笑いで尋ねてくる高尾に、オレはフッと笑ってみせた。
「長い間オレを避けていた罪はキス一回くらいでは無くならないのだよ、高尾」
「……まじすか」
重なった掌の熱は、果たしてどちらのものだったのか。
(好きだから、触れたい)
(好きだから、恥ずかしい)
柚ちゃん宅の一周年記念に緑高をプレゼントという名の押し売り。
(13/7/22)
ハチ
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