(二)
「お大事に」
お決まりの文句と笑顔でお見送りしてくれる看護師サンに手を振れば、彼女はいつものように笑みを深めて手を振り返してくれた。
白衣の天使まじ天使。
大学病院の眼科で定期検査を終えたオレは足早に駐車場へと向かう。
これはひとつのクセみたいなもん。
大丈夫だ。
今更オレを見かけたところでアイツは声を掛けてはこない。
そう自嘲的な思いを抱きながらも、この五年間、院内で歩みは緩めたことはなかった。
パーキングの標識が視界に入ったところでふと息をついた瞬間。
「高尾君」
「っ!!」
ぽん、と。
肩に白い手が添えられ、異常なくらいに体が震える。
バッと振り返った先に居たのは、見覚えのある、影。
「……くっ、黒子……?」
「はい、黒子です。お久しぶりです高尾君」
柔らかな笑みを浮かべた黒子は、オレが知っている頃よりもずいぶん大人の顔つきに変わっていた。
元々落ち着いたやつだったけど、何て言うか、更に余裕が増したというか。
「五年ぶり、だよな」
「そうですね。高校三年のウィンターカップ以来ですから」
「……っ、そっか!つか黒子変わんないな〜ちょっとは存在感増したかと思ったけど全然じゃん!」
「……、高尾君」
水色の双眸がまっすぐにこっちを見上げてくる。
ああ、バレたな。
何となくそれを感じとって少しだけ笑ったら、なぜか黒子の方が悲し気に瞳を揺らした。
「……キミが緑間君の傍を離れたのは、その目のことが原因なんですか」
「はは、それ聞いちゃう?」
「緑間君は、知らないんでしょう」
「言ってないからね」
鷹の目の能力を失ったとき。
オレはもう、バスケをやめようと決めた。
たぶん。
あの冬を超える高鳴る試合を、緑間と共に立ったコート以上の舞台を、この先趣味で続けていったところで得られるとは思わなかったから。
そして、バスケと同時に。
アイツへの想いを、捨てたんだ。
「後悔はしてないし、これから先、緑間に会うこともないよ」
「……」
「……でも黒子にだけは言っときたいことがあったから、会えてよかったわ」
「え?」
そう。
オレが、バスケ選手だった頃。
唯一個人的にライバルと意識したやつ。
「ごめんな。オレ、オマエのこと、見つけらんなくなっちゃったから」
「……っ」
「元気そうでよかったわ。じゃあ、オレもう行くな」
踵を返したオレは、もう振り返らなかった。
だから。
「……高尾君は、優しすぎます……」
黒子の呟いた言葉なんて、知らない。
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