星にいのる(後)
「しんちゃん?」
「あ、ああ……どうした、高尾?」
「フフ、なに?珍しいね、真ちゃんがボーッとしてるなんて」
「五年前のことを、考えていたのだよ」
「……そう」
今、こうしてオレの前で柔らかく微笑むのは、ほんとうに高尾なのかと。
未だに不安になる時がある。
そっと手を伸ばせば、高尾は応えるようにオレに身を寄せた。
愛しい、愛惜しい。
ぎゅ、と力を籠めると胸元でわずかに身動ぐ。
「どーしたの?せっかくの誕生日なのにワガママ一つも言わないと思ったら、急に」
声で笑っているのが分かった。
「……な、覚えてる?高校のときはさ。一回も晴れなかったんだぜ」
「?」
「真ちゃんの誕生日。七夕」
「そうなのか」
オレの腕からするりと脱け出した高尾が、ベランダの方へと出ていく。
子供のように両手を広げて夜空を仰ぐ姿に自然と笑みが零れ。そっと後に続いた。
雲一つない満天の星空が、視界に広がる。
「すげー……あれ、天の川?」
「そうだな」
「じゃあアレが彦星であっちが織姫か!」
「逆だ。だからオマエはダメなのだよ高尾」
「ぶは!久しぶりに聞いたわそれ!」
その屈託ない笑顔を、五年間ずっと捜していた。
連絡しても繋がらず。
誰一人行方を知らない。
だがそれを高尾が望んでいるのかと思えば、それ以上オレが動くことなどできなかった。
研修中に病院で似た後ろ姿を見かけたとき、気のせいだと言い聞かせたこともある。
アイツがこんなところにいる筈がないと。
だから。
『緑間君。ボク、先日高尾君と会いましたよ』
黒子の一言に言い知れない感情を抱いたのは、言うまでもない。
『高尾君から逃げずに向き合うと誓うなら、教えてあげます』
その言葉にオレは躊躇い無く頷いた。
心が求めるものを、見ないフリなど出来ない。
今度こそ、アイツへ人事を尽くすと決めた。
「しーんちゃん、本日何度目のシンキングタイム?」
「……っ、すまない」
「いいよ、別に」
真ちゃんがこうして隣にいてくれるなら。
そう笑った高尾の瞼に、そっとキスを落とす。
擽ったそうに身を捩ってから、橙色の瞳が此方を見上げてくる。
「今、真ちゃんの目に映る世界に限りなく近い世界がオレにも視えてる、って思うとさ。悪くないよ、この目も」
「そうか」
「なんどもお願いしたんだぜ?年甲斐もなくお星さまなんかに」
「……星に?」
「そ、」
その明るい瞳に星を携えて。
高尾は空を見上げた。
「『どうか、もう一度、あの広い世界をオレにください』
『なんでもします。だから』
『真ちゃんと、もう一度、』」
最後まで言いきる前にその体を引き寄せ、腕のなかに閉じ込める。
お互いに何も言わず。
互いの体温だけを感じる。
「高尾」
どれだけの時間、そうしていたかなんて分からないが。
名前を呼べば、また、オレの姿が高尾の瞳に映し出される。
「オレは、オマエが好きだ」
この先、何度も告げるのだろう。
何度告げても、足りないのだろう。
この言葉を。
「しんちゃん」
「願うことで叶うなら、オレも星へと祈ろう」
「しん、ちゃん……っ」
「オマエが、いつのときも、幸せであるように。その幸せを、オレが与えることが出来るように」
涙を零すその瞳に、誓おう。
「この先もずっと、オマエの隣に、居させてほしいのだよ」
ゆっくりと頷いた高尾とキスを交わした。
オマエという存在以上の幸せを、オレはきっと知らない。
「星にいのる...end」
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