(六)
「で、なんで秀徳?!てか体育館の鍵とかどうやってあけたの大丈夫なのこれ?!!」
「ちゃんと職員室から借りてきたのだよ。問題ない」
「いやいやいや卒業生だからってそんな休日に簡単に入れるもんなのかよ!」
「もういいから黙ってついてこい」
唯我独尊。
あの頃と変わらない態度にもう完全に緑間のペースにのまれている自覚はあった。
けど不快などころか、どんどん安心感を覚えちゃってるあたりオレも大概だよなあ、とその背中を見つめる。
「高尾」
「え、……ッ!」
放り投げられた球体を、咄嗟に受け取って。
息をのむ。
手にイヤというほど馴染んだボールの感触。
オレの体は、何も忘れてはいなかったらしい。
捨てたはずのバスケ。
緑間への想い。
それが、どちらも、いま。
湧き出るようにオレの中で蠢いている。
「パスを」
「は」
「パスを寄越すのだよ」
「ちょ、緑間、じょーだんやめろよ」
「冗談を言っているように見えるのか」
見えねえから、言ってんだよ。
いくらオマエでも分かるだろ。
そう視線で伝えても、返ってくるのは迷いのない瞳。
照明の灯りで緑色がきらりと光る。
何度も何度も、夢でみた光景。
「高尾」
咎めるような声音に、半ば自棄クソ気味にパスを放った。というより、ほんとうに投げただけ。
大きな放物線を描いてゆくそれを見つめていたら、その先にいた緑間が、フッと、静かに笑った。
「高尾、目を離すな」
変わっていないのは。
オレだけだと思っていたのに。
その指先から放たれたシュート。
音もなく、赤いリングに吸い込まれていくボール。
だけどオレの目は、ずっと緑間だけを捕らえていた。
「……高尾、視えたか?」
「……っ」
「視えていたか?」
重ねるように、尋ねられる。
きっとコイツには、オレの答えなんてもうわかってるんだろうけど。
「しんちゃん、」
「ああ」
「真ちゃん……視えたよ」
「……ああ、当然だ、バカめ。オマエが反らさない限りオレの姿が視えなくなることなどあり得ないのだよ」
そうだ。
失うのがこわくて、自分から視線を反らして、目を伏せて。
狭くなってたのは、視野なんかじゃねえって。
なんで今まで気づかなかったんだろう。
「オレを侮るな」
「うん」
「オレは、能力を持っているからオマエを傍に置いた訳じゃないのだよ」
「うん、」
「オマエが……オマエだったから、共にバスケをしたいと……そして、願わくば」
これ、オレの都合のいい夢かなんかじゃねえよな。
優しく微笑んだ緑間をオレは、きっとはじめてまっすぐに、この目で見つめ返した。
「願わくばこの先も、高尾……オマエと共に歩んでいきたいのだよ」
「真ちゃん、それ、なんかプロポーズみたいだよ」
「……、そのつもりだ」
「……っ」
ああ、もう。ほんと。
こんな、幸せな話があっていいんだろうか。
prev /
next