宙を裂空する君へ

13.翠竜の少女


 ダイゴとミクリとのバトルが終わり、これでパーティのメインイベントである感謝を伝える3つの特別なバトルが終わった。リーリエはルナアーラと、Nはレシラムと、ダイゴは黒いレックウザと新たにバディとなり、共に強くなった姿で招待した大切なバディーズと戦うことで感謝を伝える。3試合とも白熱したバトルが繰り広げられ、観客の満ち足りた雰囲気から、このイベントは成功したと言ってもいいだろう。観客だけでなくリーリエもNも、もちろんダイゴも、バトルの勝敗関係なく優しい気持ちで満たされていた。

 バトルを終えてひと息吐いたダイゴが控え室からアリーナに戻ってきたときだった。扉をくぐるや否やレックウザが何かを見つけて「ギャオォッ!」といつにも増して興奮したように鳴いた。

(こんな反応……見たことないな)

 と、不思議に思いながらレックウザの熱い視線が送られる方を見ると、そこにはエメラルド色をしたドラゴンポケモンが宙に漂っていた。

――あれは……!?

 心臓が鷲掴みされたように感じる。そのレックウザから瞬時に連想されたトレーナーが、エメラルド色のレックウザの隣に立っていた。焦げて不格好に見える鈍色の古ぼけたマント、右足首に巻きつくように取り付けられている、世界を回っても同じものを見たことがないキーストーン。

「……ヒガナ」

 ホウエン3度めの隕石の危機で出会い、ダイゴに呪縛を残していったヒガナ、その人だった。

 すると、ヒガナのレックウザがダイゴのレックウザに気づき、同じ仲間を見つけて興奮したようにひと鳴きした。「どうしたのレックウザ?」とヒガナもレックウザの視線を追う。彼女の目にダイゴと黒いレックウザが写った途端、一瞬にして顔が無になった。

(なぜヒガナがこのパーティに……?)

 彼女の性格から自ら楽しむために参加しているとは到底思えない。だとしたら、トクサネ宇宙センターのときのように場を掻き乱すために来たのか、また何か毒づきに来たのかとダイゴは顔をしかめた。

 ホウエン3度めの危機から、トクサネ宇宙センターから時と場所を変えて再び2人が向かい合う。どちらが先に動くのか、沈黙が続く。2人以外の空間はパーティの喧騒で色づくように賑わっているため、ダイゴとヒガナだけの世界のモノクロで険悪な沈黙が際立つ。

「キュリリィィィッ!」

 その沈黙を破ったのは、ダイゴのレックウザだった。これはバディであるダイゴの敵が現れたという躍起な吼えではない。まるで自分と同じ姿の仲間を見つけて喜ぶように、「あのレックウザと一緒に話してみたい!」とワクワクしているようだった。伝説のポケモンは人間と共に生息するポケモンたちと違って個体数が非常に少ない。だから、奇跡にも近いタイミングで仲間に会えたのが嬉しいのかもしれない。それはヒガナのレックウザも同じ気持ちのようで、2匹ともソワソワして落ち着かない。

――彼女とも、あのときと違う気持ちで向き合いたい。

 そんなレックウザを見て、あの洞窟でレックウザに打ち明けたことを思い出した。強くなりたい、さらなる高みを目指したい、異なる存在と異なる考えを受け入れて世界を広げていきたい……あのときの願いに嘘偽りは1つもないのだ。すると、ダイゴの顔から不穏な色が払拭され、優しく微笑んでレックウザに答えた。

「……行ってみようか」
「キュリィッ!」

 先に踏み出したのはダイゴだった。あんなに毛嫌いしていた存在に自分から歩み寄っている……それも、優しい気持ちを胸に抱いて。もしこの場所この時でなければこんなことはしないだろうなと思いながら、1歩1歩を踏み出していた。

「やぁ。キミもパーティに参加していたんだね」

 にこやかに近づかれ話しかけられても、ヒガナはダイゴから逃げ出そうとしなかった。

「別に。パーティなんて興味ないんだけどさ。たまたまスタジアムを通りかかったら私のレックウザがここに入っちゃって、着いていったら黒いレックウザがルネの民と戦ってたってワケ」

 いつもの薄い笑みを浮かべて、ヒガナが軽い口調で淡々と説明した。

「そしたら、その黒いレックウザ、なんとメガシンカまでしちゃってさ」
「……そうだね」

 ヒガナのこの何を考えているのかわからない、真意を意図的に隠すように振る舞う姿は相変わらずだなとダイゴは思った。それどころか、あのときもこんな空気感だったなぁと懐かしんだのだ。

 その間、2匹のレックウザはお互いのことを興味深そうに眺めていた。ダイゴのレックウザが匂いを嗅いだり覗き込んだり。ヒガナのレックウザは姿が同じでも色が違う忙しないダイゴのレックウザを、不思議そうに目で追いかける。

「仲間と会えてどうだいレックウザ?」
「キュリキュリィィッ!」

 うん、嬉しいよ! と、レックウザは大好きな隕石を見つけたときのように喜んだ。それに比べて、ヒガナのレックウザはトレーナーと同じように表情を変えずクールに振る舞っていた。

「……仲間、ね」

 と、ヒガナが意味深に呟いた。

「それじゃ、私たちはここで」

 行くよレックウザ、とヒガナは声をかけて踵を返した。ヒガナのレックウザは返事をしてダイゴのレックウザから離れていく。

「もう行くのかい?」

 ひとりでにダイゴの口がそう動いた。すると、反応したヒガナが足を止める。ダイゴは驚いた。自分がヒガナを呼び止めるとは思わなかったこと、そして、まさかこの声でヒガナが足を止めたことに。それでもヒガナは自分に背中を向けたままだが、レックウザ同士は再びお互いに見つめ合う。

「……せっかくここに来たんだ。パーティに参加していったらどうだい?」

 正直、次になんて声をかければいいかわからなかった。咄嗟に出てきたのがこのセリフだった。きっと自分がこのパーティのホストであるということがひとりでに言わせたのだとダイゴは思う。だが、これは暗に彼女にバトルを申し込んでいるようなセリフだと、咄嗟に出てきた割にはよくやったと密かに自分を賞賛した。この気持ちが彼女に届くかどうかは別の話だが。あのとき叶わなかった決着、レックウザ同士の興味、そして、自分が1人のトレーナーである矜恃が、彼女とのバトルを望んでいるのだ。

「……仲良しこよしは趣味じゃないんだよねぇ」

 だが、断られてしまった。彼女の性格から断られるだろうとは思っていたが、現実になると少し堪える。それも、変わらず背中を向けられて答えられたら尚更だ。

「でもチャンピオン、いずれは白黒はっきりつけようよ」

 そのまま立ち去ってしまうのかと寂しい気持ちでヒガナの背中を見送っていたら、声だけがこちらに届いた。それも「チャンピオン」と初めて呼ばれた。と戸惑っていたら、突然くるっとこちらに振り向き、真紅の目が鋭く光ってダイゴを真っ直ぐに射抜いた。

「どちらが強くてすごいかってね……!」

 驚いた。すぐには何も言えなかった。いつもの軽い口調が腰を据えたような語勢に変わり、あのときと違う純粋な戦意をダイゴに向けている。それも、ダイゴがよく使う彼を象徴するセリフを引用して。

「……あぁ。それなら、ボクたちはキミの想像を超えていこう」

 すると、一瞬ヒガナが微かに笑って、目を閉じた。いつもの薄く貼り付けたような笑みではなく、ダイゴを真っ直ぐに見据えてニヤリと口角をあげていた。踵を返すときに真紅の眼差しでダイゴを一瞥し、背を向けると右手を上げて軽くひと振りして、今度こそエメラルド色のレックウザと会場を後にした。

「ヒガナ……」

 ――もしかしたら、あのときから歪に執着していたのはボクだけだったのかもしれない。

今はそう思えるくらいに清々しかった。相変わらず彼女が何を考えているのか、彼女もダイゴと同じ気持ちなのかはわからないが、きっとそうだろうと今のダイゴは確信を持っていた。異なる存在と異なる考えを受け入れて世界を広げることが、それもヒガナとレックウザを受け入れることがこんなにも心が晴れやかになるのは、ダイゴの願っていた通りだった。

 因縁や過去などもう関係ない。1人のポケモントレーナーとして、ライバルからの宣戦布告は真正面から受け入れる。いつか訪れるであろうどちらが1番強くてすごいトレーナーを決めるバトルで、彼女の想像を超えるような戦いをしてみせる。そう心に決めながら、ヒガナの栄光の歴史が刻まれたマントを見送った。そのあと見上げた青空は、今のダイゴの心を映し出すかのように澄み渡っていた。


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