宙を裂空する君へ

10.黒玉の光輝


 レックウザのメガシンカから数日後。今日はバトルパーティーの衣装合わせの日だった。デザイナー数人と一緒に色違いのレックウザをモチーフにした衣装を試着すれば、いよいよパーティー本番が近づいてきたのとレックウザとバディになったことを改めて実感した。黒い袖を通せばレックウザと1つになるような気がして、この衣装はレックウザと壁を乗り越えた証であるのだと思う。

 試着が終わって退室したら、向かいの壁にもたれかかっているのがライヤーが目に入った。どうやら、ライヤーはダイゴが出てくるのを待っていたようだ。

「どうやら腐り果てず吹っ切れたようだな」

 ダイゴが部屋から出てきたら、そのセリフを伴って彼の目の前に立ちはだかったのである。

「あぁ。心配かけたねライヤー」
「ふん。お前がその程度のトレーナーだったら最初からホストに任命はしない。オレさまの目は節穴とでも思っていたか?」

 ダイゴは苦笑いしながら「いや」とだけ答えた。

「バトルパーティー本番の日は近い。オレさまは中途半端など断じて許さんからな。このパシオが始まって以来の最高の盛り上がりを見せてくれ。頼んだぞ」
「あぁ、任せてくれライヤー」

 ダイゴが燻っていたことをライヤーはどこで知ったのか、ダイゴは改めて気づいて頭の中で首を傾げた。だが、パーティの主催者引いてはパシオの創造主であるライヤーのことだ。目ざとくどこかでその情報を入手したのだろう。彼の情報網はまるでパシオのあちこちに仕掛けられているようだ。

「ところで、アイツとは話をしたか?」
「アイツ?」

 ライヤーの言う『アイツ』がヒロコなのだと理解するのに長くはかからなかった。

「いや……まぁオレさまにとってどうでもいいことなんだが」

 と言い終わるとふいっとダイゴに背を向けた。そして、ボソッと「こっちはこっちで大変だったからな」とダイゴにだけ聞こえるような声で伝えて去っていった。

 何かあったのかと不安になってきたが、もうライヤーの背は遠のき、確認するチャンスはなくなっていた。

 実は、衣装合わせの前に予め彼女に連絡を入れていた。忙しいから返事はすぐに来なかったが。あの壁を殴った日の電話とメール以降、音信不通になっていた。メールも返していないし、電話もかけ直していなかった。彼女に触れてしまうと自分が簡単に崩れそうな気がしたからだ。無意識に甘えたり、傷つけてしまったりしそうだった。だから、今日になって自分から連絡をするのは我ながら卑怯だとは思う。ヒロコが忙しくコンタクトを取っても応じる暇はないだろうと思い、それを盾にしていた。ダイゴとレックウザの間に何があったかを知る人物の1人であるヒロコが、ダイゴを心配していないわけがないと知っていながら。

 思い出したようにスマホをポケットから取り出した。すると、1件の通知がすぐに目に飛び込んできた。ヒロコからの返信だ。書かれているのは気遣いか、それとも軽蔑か……急いでロックを解除して、緊張を抑えながらその内容を確認する。

『よかった! やっとメールが来た! どうしてたのか心配してたんだよ。でも、パーティ本番が近いからしばらく落ち着いて会えないの。目処が立ったらあたしから連絡するね。レックウザのメガシンカおめでとう!』
(よかった……)

 ギチギチに締め付けられていた心が解き放たれたようだった。体に溜まっていた淀んだ息が吐き出され、表情筋が自然に緩む。とは言え、音信不通にしていた罪悪感は拭いきれないので、実際に会ったときにきちんと謝ろうと心に決めた。

 もしも今来たメールにヒロコからの軽蔑の言葉が連なっていたら……。ダイゴの中で彼女が大きな支えになっているのだと改めて気づく。

「ダイゴさん!」

 ありがとうと返信しようとしたとき、前方からダイゴの名を呼ぶ声が聞こえた。鈴が転がるような可愛らしいこの声は、ダイゴが頭に浮かべたリーリエの顔と合致した。顔を上げると、そのリーリエとNが2人並んでこちらに歩いてきていた。

「こんにちはダイゴさん! 先に来ていたんですね!」
「やぁリーリエちゃん、N。2人はこれから衣装合わせかい?」

 ダイゴは自然とスマホをポケットに戻して尋ねた。

「えぇ。ボクたちはライヤーから今この時間って聞いてたんですけど、ダイゴさんさんは先に衣装合わせを?」
「あぁ。ボクもライヤーからボクの時間を教えてもらって……」

 ここでダイゴとNはふと気がついた。ライヤーはダイゴが本調子でないことを気遣って、2人きりで個別にダイゴにエールを送るために敢えて2人の衣装合わせの時間とずらしたのだと。

(ライヤー、キミって人は……)
「そう言えばダイゴさん、今日はなんだか雰囲気が違いますね!」
「え? そうかい?」
「はい! ダイゴさんはいつも自信と余裕に満ち溢れているチャンピオンって感じがしてるんですけど、今日はそれ以上に怖いものなし! ってきらきらしています!」

 無垢なリーリエの目にそう映るということは、誰から見てもダイゴはそう見えるということだ。レックウザと共に壁を天高く飛んで乗り越え、トレーナーとして、バディーズとして大きく成長した。リーリエの言う自信と余裕に満ち溢れているチャンピオンのオーラが、試練を乗り越えて栄光を掴んだ王者のオーラに昇華した。

「……2人のおかげだよ。ありがとう」
「えっ、わわ私は何もしていませんが……!」

 と、リーリエは目を見開いて困惑するも、隣に立っているNはなんとなく悟った。自分だけでなくリーリエからもレックウザと壁を乗り越えるヒントをもらっていたのだと。リーリエからは「自分がバディを知る」ことを、Nからは「バディに自分を知ってもらう」ことを、ダイゴはそれぞれ教わった。相互に知り合い共に戦って心を繋げていく。その双方向の絆は他の誰にも負けないくらいに力強くなり、ダイゴとレックウザを切り離すことはない。

「それじゃあ、2人ともこれから衣装合わせがあるだろう? またパーティー当日で会おう」
「はい!」
「私たちでパーティーをたくさん盛り上げましょうね!」

 ライヤー曰く「この3人に共通するものはほとんどない」のだが、ここでも絆は深まっていた。共通するものはなくても『パーティーを盛り上げたい』という気持ちがあれば、3人の向く方向は自然と同じになり、手を取り合って前に進むことができるのだ。


* * * * *


「レックウザ! 出ておいで!」

 青空に浮かぶ太陽から差す光とセントラルシティの空気を浴びたダイゴは、そう高らかにレックウザをボールから呼び出した。太陽の光がレックウザの体を黒い宝石のように輝かせる。それは今までのどの石よりも手に入れ難く、だからこそひと際美しく輝いて見えるのだった。ボールから解放され、名を呼ばれたレックウザが返事をするようにひと鳴きすると、ダイゴはその額を優しく撫でた。

「レックウザ、今日はキミの好きな隕石を探しに行こう!」
「キュリィィ!」

 まだまだレックウザのことを知り尽くしてはいない。いや、レックウザと一緒に過ごせば過ごすほど、誰も知らない新しいレックウザが見つかる。それはレックウザから見たダイゴもそうだろう。共に天高く飛ぶことで2人の世界は広がり、さらなる高みをのぞむことができるのだ。


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