LOVE AXEL-shinoh

強い相手でも背を向けずに生きる


 まさかこんな形でドータクンが現れるとは、露とも思っていなかった。不意を突かれヒロコとキュウコンに隙が生じる。

「ジャイロボール!」

 遠心力を利用し、ドータクンはグルグルと高速で回転し始めた。回転しながらキュウコンに激突し、キュウコンは後ろへ吹っ飛ぶ。はがねタイプの技なので大したダメージはないが、隙を突かれたため少し怯む。そして、ドータクンはキュウコンよりも圧倒的に遅いため、ジャイロボールの威力が激増するのだ。

「キュウコン!しっかり!」

 その声を受けてなんとか立ち上がり、顔を振って気合を入れ直す。最後に「コンッ!」と自分に喝を入れた。

「いつまでその気力が続くでしょうか」
「えっ?」
「ドータクン、めいそう!」

 ドータクンの体にわずかなオーラが発生する。精神を集中させ、とくこうととくぼうが上がった印だ。ただでさえ耐久力が高いのに、これ以上堅くなられたらやっかいだ。

「キュウコン!だいもんじ!」
「させません!サイコキネシス!」

 キュウコンのだいもんじをサイコキネシスが掻き消した。思いもよらない展開に、キュウコンもヒロコも目が皿になる。

「キュウコン!」

 サイコキネシスに捕らわれたキュウコンの顔が苦痛で歪む。そして、エアームドもやられたように、最後は地面に叩きつけられた。しかし、尚もキュウコンは立ち上がる。特殊防御力が高いキュウコンはなんとか耐えたのだ。ほっとするのも束の間、ゴヨウは次の一手をすでに考えていたらしく、ためらいなく次の技名を言った。

「トリックルーム!」
「なに!?」

 ドータクンの全身が薄紫に光り、そこからバトルフィールドを不思議な空間が覆い始めた。完全に覆ったあとは1度ドクンと脈打って、消えた。トリックルーム、それはヒロコが1番苦手とする技。このトリックルームの中では、素早さが遅ければ遅いほど速く動けるのだ。

「しまった…っ!」

 ヒロコの脳に自分が負けたときのイメージがフッと浮かんだ。キュウコンは初めて体験する摩訶不思議な感覚に驚き動揺している。

「ラスターカノン!」

 底に開いている大きな空間をキュウコンに向け、ラスターカノンのエネルギーを溜め始めた。これくらいならすぐに避けられるのだが、ここはトリックルーム、ヒロコが指示をしてもキュウコンは急に動けない。

「発射!」

 目を見張るスピードでラスターカノンはキュウコンに向かった。やはり体の自由が効かないキュウコンは、もろにラスターカノンの喰らってしまった。しかも、ラスターカノンの追加効果で、キュウコンの特殊防御力が低下した。

「くっ、だいもんじ!」
「はかいこうせん!」

 息を吸い込みだいもんじの準備をしている間に、ドータクンからはかいこうせんが放たれた。キュウコンにヒットすると爆発が起こり、体力が少なく耐久力も低下したキュウコンは力尽き、煙が晴れたときには力なく倒れていた。

「キュウコン戦闘不能!ドータクンの勝ち!」
「…!」

 まさかトリックルームを使われるとは思っていなかった。そのためトリックルームに有効な対策をヒロコは持っていない。今までのバトルの中で対戦相手がトリックルームを使うことがなかったため、これが初めての体験なのだ。その不安が高まり、ヒロコの脳裏にある『敗北』の色がどんどん色濃くなる。そして、心臓がきゅっと締めつけられるような気がした。

「さぁ、どうしますかヒロコさん!」
「どうするもなにも…これが最後の1体だ!ガブリアス!」

 弾けたボールからガブリアスが飛び出した。すると、消えていたトリックルームが脈動する。ガブリアスもまた、初めてのトリックルームに驚きを隠せない。だが、ドータクンは先ほどはかいこうせんを使った。つまり、今は反動で動けないのだ。

「かえんほうしゃ!」

 ゴウッと火炎がドータクンを飲み込むが、めいそうの効果で耐久力が上がっているドータクンにとって、それは大したダメージではないのだ。

「効いてない!?」
「私のドータクンの特性はたいねつ、炎タイプのダメージが半分になります」
「くっ」
「次はこちらから行きます、ジャイロボール!」

 再びドータクンが高速回転を始め、こちらに向かってきた。「ガブリアス避けろ!」と命じるも、重圧がかかって体が重いガブリアスは思ったように動けない。そのままジャイロボールをもろに受け、その勢いでドサッと後ろに吹っ飛ばされた。

「ガブリアス!」

 くぐもった声を挙げてガブリアスは立ち上がる。ガブリアスにとってもジャイロボールはタイプ的になんてことのない技だが、それ以上にトリックルームがガブリアスを惑わせている。このままだと、トリックルームに気が行き過ぎてバトルに集中できない。

「ドラゴンダイブ!」
「ラスターカノン!」

 ガブリアスは地面を蹴ってドータクンに向かったが、いつもの疾走感がなかった。それどころか、いつもより遅い。そちらに気を取られていると、ラスターカノンがガブリアスを直撃した。正面からまともに技を受けて苦しそうに呻くガブリアスに、何もしてやることができない。トリックルームの対策が見当たらない。そして、追加効果で耐久力が下がった。

(どうしよう…っ!?)
「フフフ、どうやらこれが最後みたいですね。ジャイロボール!」

 ドータクンは高速で回転を始めた。いつものドータクンでは考えられないほど速い。ラスターカノンを受けて朦朧としているガブリアスに速攻で接近した。焦りから歯を食いしばるが、ここまで来て諦めるわけにはいかない気持ちが強い。一か八かの勝負に出ることにした。

「受け止めろ!」

 こちらが動けないなら、動ける相手を止めるまで。最後の手段だった。ガブリアスは全身でジャイロボールのドータクンを受け止める。勢いに押し負かされそうになったが、歯を食いしばった。ガブリアスもこの状況で負けたくないのだ。

「ジャイロボールを受け止めた!?」
「そのままドラゴンダイブ!」

 残った力を振り絞り、ガブリアスはドータクンをしっかりとホールドして宙に飛び上がる。いけないと思ったが、ゴヨウが口を開く前に、ガブリアスが急降下していた。ガシャーン!とドータクンは地面に落ちると同時にガブリアスのドラゴンダイブを受ける。「どおおぉぉおぉ」と今度はドータクンが呻いた。しばらく残っていた煙が晴れると、そこにガブリアスの姿はなかった。

「消えた!?」
「あなをほる!」

 戸惑うドータクンの真下から、地面を掘っていたガブリアスが飛び出した。突然の反撃に驚いたドータクンは、トリックルームの中と言えどもとっさに動くことができず、そのままガブリアスのあなをほる技を受けた。

「ドータクン!」
「りゅうせいぐん!」

 あなをほるの勢いのまま、体内でエネルギーを精製し天空に向かって放つ。それは上空で弾け、名の通り流星のごとく地に振りかかる。火山の噴火のように、矢継ぎ早に隕石が降り注ぎ、ついに中の1つがドータクンにヒット。そのまま成す術なくりゅうせいぐんに飲み込まれた。ガブリアスの公式戦初お披露目のりゅうせいぐんだ。最後はドータクンの重量ボディが地面を揺るがした。

「ドータクン!」

 フィールドに静寂が戻る。煙が晴れると、そこにいたのはピクリとも動かず横たわっているドータクンだった。

「ドータクン戦闘不能!ガブリアスの勝ち!」
「いいぞー!ガブリアス!よくやった!」

 一時はどうなるかと思った。あのとき、目を閉じていなければドータクンを受け止めるというイメージが降ってこなかっただろう。ヒロコは喜びを全身で表し、ガブリアスの善戦を褒め称えた。

「……」

 ゴヨウの開いた口が塞がらない。トリックルームで優位に立ったと思ったら、ある些細なことをきっかけに流れを奪われてしまったのだ。これが、これまでの3人の四天王が体験した、ヒロコの勢いなのか。ゴヨウはフッと笑い、ドータクンをボールに戻す。「お疲れさまでした」と、ボールで休み始めたドータクンに声かけた。

『さぁ、四天王ゴヨウのポケモンはラスト1体!どうする四天王最強のゴヨウ!』
「その必要はありません」

 興奮を含んだMCの声とは対照的に、ゴヨウはきっぱりと言い放った。ゴヨウの最後の1体はキリンリキ。しかし、キュウコンとのバトルでかなりのダメージを負っている。

「私のキリンリキと、ガブリアス。戦わずとも、結果はどうなるかもうお分かりでしょう。私はこれ以上、自分のポケモンが傷付くところを見たくありません」

 と、キリンリキを出して見せた。ゴヨウの言う通り、キリンリキの足取りはすでにふらふら。対するガブリアスはまだまだ戦える。そしてすぐにキリンリキをボールに戻し、「おめでとうございます、ヒロコさん」と、微笑んで見せた。



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