LOVE AXEL-shinoh

涙と共に私に還る


 まだ驚きを隠せない。目の前にいたのは憎きギンガ団の幹部・サターンのハズなのにこの数分間で状況は一転した。なぜなら、ポケモンGメンの最高指揮官であるトップと彼の相棒であるフーディンの姿がそこにあるから。

「……」

 口を塞げないまま、ヒロコはそこに佇む彼を凝視している。言葉を発せない彼女だが、脳内ではグルグルグルグルと言葉にならない気持ちが暴走している。なぜここにいるのか、どうやってここまで来たのか、なぜ自分がナギサシティにいるのがわかったのか、ここの扉を固く閉ざしているのは何か。そして1番暴走しているのは『こんなところをギンガ団に見られてしまったら』という爆発しそうな不安だ。

「驚く事はない。私がどうやってお前の事を知れているのはお前もよく知っているだろう」
「…フーディンの神通力…ですよね」
「その通りだ」

 コツコツと革靴の音を立て、流している銀髪と漆黒のマントを微かに揺らしながらトップと呼ばれる男はヒロコに近づいた。

「で、でもっ、でも!」
「焦るな。お前が言いたいことは全て理解している。順番に説明しよう」

 まず、このトップという男の相棒・フーディンには不思議な力が宿っている。神通力と言って遠く離れた場所の様子を確認することができる力だ。しかし、このフーディンはすでに年老いており、その神通力が使える時が限られるようになった。そして、その限られた時間の中で見えたビジョンがギンガ団に精神を拘束され途方に暮れているヒロコの姿だった。

「お前からの連絡が途絶えたとわかった時にピンと来てな、仕事を片付けてシンオウ中を回って調べたんだ。そして、ゲンという鋼鉄島にいた青年に全て聞いた。いや、聞いたというよりは伝えてもらったというべきか」
「そ、それって…もしかして…」
「そうだ」

 口から伝わってしまうとヒロコと人質の命が危ないからと、ゲンは波導でトップに状況を伝えてくれたのだ。トップは正式な波導使いではないが僅かに波導使いの素質を持っている。ゲンのルカリオから得た情報とGメン本社のセキュリティを一から作り上げた彼の分析力が導き出した答えは、今、彼の目の前にいるヒロコである。

「でも、でもでも!こんなことをしてたらアイツらにバレるんじゃ…!」
「そこは心配ない。フーディンに辺りを探らせたが、このナギサシティにはギンガ団のギの字も見えない」
「えっ?うそ…!?」
「なぜこのナギサシティだけギンガ団が近づかないのかはわからないがな」

 確かにギンガ団にとって都合の悪い人物に接触した時は、脳内にあのサターンの声が響いて抑制された。だが、今ここで警察官であるトップと会話をしていても何も音沙汰がない。ということは、今ここでトップに洗いざらい話しても問題はないということだ。ヒロコは胸の奥から溢れてくる言葉を口にしたかったが、何から言えばいいのかわからず声が出ない。周りに味方がいない状況で仮面を被ったまま生活をしていたヒロコにとって、目の前にいるトップは唯一の味方。そして、ここが唯一の安らぎの場所。

「辛かっただろう?ヒロコ」
「トップ…、あたし……あたし……っ!」

 いつもは小言を言われたり嫌味を言われたり、本社にいた時は厳しくされていたヒロコだが、今この状況ではそれさえも頼もしく思える。何も言わずとも全て理解してくれたことに感極まり、ついに目から大粒の涙が頬を伝わった。

「ここで思いっきり泣くんだ、ヒロコ」

 その言葉で堰き止めていた涙のダムが決壊した。今まで我慢してきた涙をようやく流すことができたヒロコはまるで子どものようにトップに抱きつき大声を上げて泣いた。そんな彼女を、トップは優しく包み込んだ。

「最初はこの任務からお前を下ろして、他のGメンに任せようという声が上役会議で上がったのだが、私はお前を信じてその意見は却下した。連絡を絶ったことや犯罪組織に手を貸したことへの責任追及は免れないが、査問会に掛けられても、最低限の罰で終わるよう努力する。私はこの任務にお前を抜擢したのことを、決して間違いだと思わない」

―だから、悔いだけは残すな。ヒロコ。

 優しく囁くように耳から脳に伝わったその言葉は、傷心のヒロコの体に深く沁み渡る。

 乾いた空気が充満するこのボロ小屋に、ヒロコの泣き声だけが響いた。


* * * * * * * *


 その頃、小屋の外にいる2人はビクともしない扉を殴ったり蹴ったり体当たりしたりして、なんとかヒロコを小屋から連れ出そうとしていた。閉ざされた扉からおぞましい気配を感じ、彼女の身に何かあったのかと不安になったからだ。

「おい!開けろ!ヒロコ大丈夫か!?」
「オーバ、オレはこれ以上やっても無駄だと思う。これはポケモンたちに任せた方がいい」
「あぁ、そうだな。俺とお前の力が合わさればこんなボロ小屋なんて一撃だぜ!」

 オーバとデンジはモンスターボールを1つずつ手に取った。四天王のポケモンと四天王に近いジムリーダーのポケモンの力を合わせればこの頑丈な扉を壊すことができるだろうとボールを投げようとした時だった。

 ギィと、今までピクリとも動かなかった扉が開いたのだ。

「なっ!?」
「開いた!?」

 そこから出て来たのは、目と鼻を真っ赤にしたヒロコだった。

「ヒロコ!お前無事だったのか!?」
「えっ?」

 涙の痕が残る目がオーバとデンジを捕らえた瞬間、めそめそと落ち込む顔が一転して目を見開いて絶叫した。

「オーバとデンジ!アンタたちここで何やってんの!?」
「うるせー!お前が変な様子でジムから出て行ったから気になって追いかけてたんだよ!なぁ、この中で何されたんだよ?なんでそんなに泣いてんだよ!?」
「う、うるさい!泣こうと喚こうとあたしの勝手よ!余計なことしないで!」

 心配するオーバを振り払ってヒロコはボロ小屋を後にした。

 まさか自分を追いかけて来ていたのが、あのオーバと明日バトルするデンジだとは思ってなかった。もしさっきまで会話していたのが本当にギンガ団のサターンだったら、今頃ヒロコとアイの命はないだろう。そして、大泣きした後の顔を2人――さっきまで威勢を張っていた2人に見られて顔から火が出るように熱くなり、これ以上見られたくないと全力で走り去った。

「な、なんなんだアイツ…」
「……」

 また嵐のように来て嵐のように去って行ったヒロコを見て呆気に取られるオーバとデンジ。

 彼らには、この中で何が起こっていたかを知る由はない。そしてヒロコという人物が、トレーナーの仮面を被ったギンガ団員であることも。



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