LOVE AXEL-shinoh

小さな自信集めて大きな夢へ


 2人はポケモンたちの集めた薪で焚き火をし、その周りに座って、スヤスヤと柔らかな寝息を立てて寝るニャルマーとカラナクシを見守っている。

 オレンジのショートカットにサングラスをかけている少女と一緒にいたニャルマーは、ヒロコの懸命な治療の甲斐あって、穏やかな寝息を立てて眠っている。

「アタシ、ノゾミって言います。カラナクシとニャルマーを助けてくれてありがとうございました。えと…」
「ヒロコよ。よろしくね」
「ヒロコさんですね。よろしくお願いします」

 ノゾミもすっかり元気になり、健康的で眩しい笑顔をヒロコに見せた。サングラスをかけていてなかなかボーイッシュな子だと思っていたが、こうやって愛らしい女の子らしい面もある。

「このカラナクシ、あなたのポケモン?」
「いいえ。あのカラナクシは、アタシがこの辺りでニャルマーと一緒に歩いてて偶然見つけたんです」

 ノゾミは淡々とカラナクシとの出会いを話し始めた。

 10歳になる誕生日の旅立ちの日までに、少しでもニャルマーと特訓しようとこの近辺を歩いていたら、ガサガサと忙しなく動く茂みを見つけた。何かと思って様子を見ると、色違いのカラナクシが体の大きいドラピオンに襲われているところだった。助けないと!とニャルマーに10まんボルトを命じて、ドラピオンが怯んでる隙に、、カラナクシを抱いて逃げようとした。しかし、獲物を奪われたドラピオンが怒り、走るノゾミに向かってどくづきを仕掛けたが、ノゾミをかばったニャルマーに攻撃がクリーンヒットしてしまった。勢い誤ったニャルマーがノゾミの背中に突撃し、転倒してしまった勢いで、抱いていたカラナクシを宙に放り投げてしまった。ノゾミから獲物のカラナクシが離れたことで、ドラピオンはその場から立ち去ったが、もうどく状態になってしまったニャルマーを、ポケモンセンターに届けるために夢中で走っていた。

「そこで、カラナクシって呼ぶヒロコさんの声が聞こえて様子を見てたんです。もしかしたらあのドラピオンのトレーナーじゃないのかって疑ってしまったけど、必死で応急処置をするヒロコさんを見て違うってわかったんです。安心して思わず木にもたれかかって側の茂みに触ってしまって、ヒロコさんに気付かれました」
「じゃあ、このカラナクシは野生のポケモンってことね」
「はい。キッサキにカラナクシなんて生息しないし、きっと群れからはぐれて迷子になってしまったんじゃないかなって」
「そっか。それじゃあ一旦ポケモンセンターに行ってジョーイさんに聞いた方がいいかもね。ジョーイさんなら何か知ってるかもしれないし」
「そうですね」

 そう言ったあと、ノゾミは眠るニャルマーを優しく抱きあげて立ち上がった。ヒロコは焚き火に雪を掛けて消火し、山火事にならないように薪をゴツイブーツで2,3度踏み潰した。そして眠るカラナクシを優しく抱きあげ、キッサキシティのポケモンセンターに向かって歩いて行った。


* * * * * * * * *


 辺りには夜の帳が降りた。

 滾々と雪が降り続け、周りの気温は急激に下がり、外には人の気配もポケモンの気配もない。みんな、温かなベッドや寝床で、温もりながら眠りについているのだ。
 
 ポケモンセンターの2人部屋にも、温かなふとんに包まる2人がいる。ヒロコとノゾミだ。ノゾミは、キッサキシティに自分の家があるのだが、カラナクシとニャルマーが心配なので、ヒロコと一緒にポケモンセンターに泊まることにした。

「ニャルマー、大丈夫かなぁ…」
「大丈夫よ。ジョーイさんを信じて?」
「うん…」

 どうやらノゾミは、初めてポケモンをポケモンセンターに預けるようだ。そしてポケモンセンターに泊まるのも初めてだ。いつも側にいたニャルマーがいないので落ち付かないのだろう。ヒロコは、自分が初めてポケモンセンターに泊まった時のことを思い出し、何か元気付けてあげようと口を開こうとした時だった。

「ねぇ、ヒロコさんってポケモントレーナーなんですか?」

 あまりにも普通な質問が飛んできたので、すっとんきょんな声で「えぇ」としか言えなかった。

「それがどうかした?」
「いいえ。ヒロコさんのポケモンの毛のツヤがとてもキレイだったから、ポケモンコーディネーターかと思ったんです」
「コーディネーター?」

 ポケモンの美しさや技で演技をするのがポケモンコンテストで、そのコンテストに参加し、ポケモンを華麗に戦わせるのがコーディネーターだ。通常のバトルと違い、相手をノックダウンさせるのが目的ではなく、いかに相手よりもポケモンを美しく・たくましく・可愛く魅せるかが、コーディネーターのテーマだ。

 これまでシンオウを旅して訪れた街で、コンテストが開かれていた街もあった。恩人であるヨスガのジムリーダー・メリッサは、コーディネーターの中でもトップコーディネーターと言われており、多くのリボンを集めたコーディネーターだけが出場できるグランドフェスティバルの優勝経験者である。

「あたしとあたしのポケモンはバトルの方が好きなの。一緒に戦って、ポケモンも自分も強くなっていくから」
「そうですか…」
「ノゾミはもしかして、コーディネーターになりたいの?」
「…はい。でも、アタシはまだ10歳になってないから旅に出られなくて、いつかニャルマーと一緒にグランドフェスティバルで優勝することが夢なんです」
「へー」
「ヒロコさんは、やっぱりシンオウリーグ優勝を目指してるんですよね?」
「……」

 純粋な旅の目的は間違いなくそれだ。しかし、今となってその目的は、ギンガ団を交わした約束を果たすための通過点に過ぎない。だから、バッジを集めれば集めるほど、本当の夢から遠ざかって行く気がするのだが、なぜかバッジを集めるのを止められない。それは1度交わした約束を絶対に守らなければ、という理由がある。バッジを集めれば集めるほど、ポケモンと一緒に強くなっていく気がして、最後にはギンガ団をやっつけられそうな気がする、というのが本当の理由かもしれない。

「あたしが目指してるのは、チャンピオンズリーグ」
「えっ?チャンピオン!?シロナさん!?」
「えぇ」

 それは険しく果てしない道のりだと思ったノゾミは、思わずヒロコの方に寝がえりをしてしまった。まさか、自分より遥かに年上のヒロコが、そんな簡単にその夢を口にするとは思っていなかったからだ。

「凄いなぁ、ヒロコさんは」
「え?」
「ううん、なんでもないです」
「そ、そう?」

 最強のチャンピオン・シロナに勝てるはずがないよ、とでも言いたげなノゾミの口調に、ヒロコは少し恥ずかしくなった。実際、もしシンオウリーグで優勝して四天王に勝ってシロナとバトルしても、勝つ自信がほとんどないから。本当のことを言うんじゃなかったと、恥ずかしくてふとんを顔まで引っ張り上げた。

「でも、ヒロコさんならその夢、叶えられそうな気がする…」
「え?」
「あんなにポケモンに優しくて、見ず知らずのアタシにも優しくしてくれて。優しいだけじゃなくて厳しさも持ってる、ヒロコさんなら」
「ノゾミ…」

 ヒロコはふとんから顔をそっと出した。こっちを向いていたノゾミは、いつの間にか逆方向に寝がえりを打って、ヒロコに背を向けている。何か言わなきゃ、と必死に考えて出て来た言葉は、

「ノゾミも、コンテストがんばってね」

 だけだった。しかし、帰って来たのはすやすやという寝息だった。どうやら眠ってしまったらしい。きっと走り疲れてたからかな、と自分の中で解釈して、ヒロコも目を閉じた。


* * * * * * * * *


 真夜中の2時、ポケモンセンターに鳴り響く警備音が2人を起こした。

 あまりにも突然の出来事に、ヒロコの体は起きるな否やジョーイさんの元に向かっていた。ポケモンGメンだったころのクセが抜けない―職業病なのだ。

「ジョーイさん!どうしたんですか!?」
「大変なの!あの色違いのカラナクシがいないの!」
「なんだって!?」

 カラナクシが入っている集中治療室に急いで走って行くと、ジョーイの言った通りヒロコとノゾミが助けたカラナクシのベッドだけが空になっていた。

「そんな…!!」

 1番静かな丑三つ時を狙われてしまったか!と、急いで部屋戻って、パジャマから昼間の服に着替える。

 そう、これからカラナクシを助けに行くのだ。

「ヒロコさん!?外は寒いし危険です!」
「そんなこと言ってられない!もしカラナクシを狙うポケモンハンターの仕業だったら…」

 きっと、あの時以上に痛い目に会ったり怖い目に会わされたりするだろう。そう考えると、居ても立ってもいられない。

「じゃあアタシも行きます!カラナクシを見つけたのはアタシだから!」
「ダメだ!!」
「…っ!」

 優しかったヒロコから一変して厳しく一蹴された。今まで優しいヒロコしか見たことがないノゾミにとって、そのギャップは凄まじく大きい。思わず息が止まってしまうほどだった。

「ここからは大人の領分。子どもは危ないから入ってきちゃダメなの」
「でも…」

 怯えるノゾミの顔を見て、厳しく言い過ぎてしまったかと少し後悔する。しかし、凶悪なポケモンハンターの仕業だったら、カラナクシだけでなくノゾミも危ない目に会わされる可能性が0ではないから。

「大丈夫。カラナクシはあたしが必ず助けるから」

 信じて、ね?と、眉間に皺を寄せるのを止めて、ノゾミの肩を優しくポンと叩いた。

「…ヒロコさん。わかりました。でも、気を付けてくださいね」
「わかってる」

 お互いに納得して、さぁ出るぞと意気込んで走り出したヒロコと何かが衝突した。

「いったー…!」
「ラッキ!ラキラキラッキ!」

 ヒロコとぶつかったのはラッキーだった。忙しなく鳴くラッキーは、まるでヒロコに大変なことを知らせようとしているようだが、ラッキーが慌て過ぎて何を伝えようとしているのかわからない。

「ヒロコさんっ!山火事が!!」
「え!?」

 ラッキーの後を着いてきたジョーイが息切れ切れにヒロコに伝えた。

 まさか、昼間の焚き火が消火しきれてなかったのか!?と一瞬心臓がドクンと大きく鳴る。

「山火事って…焚き火はヒロコさんがちゃんと消したのに!」
「えぇ、あたしだってちゃんと確認したわ。でも、今はそんなことを考えてる場合じゃない」

 1番に考えなければいけないのはカラナクシの安全だ。

 ジョーイさんに預けていたポケモンを全て返してもらい、逸る気持ちを抑えてポケモンセンターから飛び出した。



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