#ヒロレイチェンジ

微睡みから覚めて


 目を開ける前に聞こえてきたのがムックルの鳴き声じゃなかったことから、いつもと違う予兆はあった。朝が弱い私はそれ以上のことを考えられず、微睡みの中をさ迷っていた。
 いい加減起きて朝食の支度をしないと。手をついて上体を起こし、視界に広がった部屋を見て私は一気に目が覚めた。ここは、どこ、なの?
 置いてある家具やカーテンはシンプルではあるけれど品のあるデザインで、上質なものだと一目でわかる。そういえば、シーツだって手触りがよくてくるまっているととても気持ちよかった。
 自分がいるベッドを見て、さらに私は頭を殴られたような衝撃を受けた。そこには、デンジ君ではない男の人が、私の隣で眠って、いたのだ。昨晩、確かにいつもの部屋で、デンジ君の隣で、眠りについたはず、なのに。
驚きよりも恐怖で体が震える。いったい何が起こっているのだろう。強盗でも入って知らないところに連れ去られてしまったのかしら。そうだとしたら、デンジ君は無事、なの、かしら。
デンジ君、デンジ君、デンジ君…!
 その時、隣に眠っている男の人が、身動いだ。反射的に枕を抱き抱える。これで身が守れるとは思わないけれど、ないよりはマシだと思った。
 瞼が持ち上がり、青みがかった銀髪と同じ色をした瞳が現れた。その顔に、見覚えがあった。ポケモントレーナーならば、ううん、ポケモントレーナーじゃなくても、彼を知らない人の方が世界にはきっと少ない。でも、どうしてこの人が…ホウエンリーグチャンピオンのダイゴさんが、私の隣に。
 ダイゴさんは私を視界に入れると、ハッとした表情をして起き上がった。

「ヒロコちゃん!どうしたの?そんなに震えて…泣いているのかい?」
「ヒロ、コ?」

 思わず口を手で覆った。自分が発した声が、私のものと全然違うものだったからだ。そして、ダイゴさんが発した『ヒロコ』という名前。特に珍しい名前ではないけれど、その名前で私が連想するのはたった一人だった。そういえば、彼女と出会ったのも、ホウエン地方だ。
 ベッドを飛び降りてドレッサーの前に立つ。鏡には私の想像していた人物が映っていた。
 スラッとした長身。ほどよく筋肉のついた女性らしい体。茶色のセミロングヘアにルビーのような赤い瞳。ポケモンGメンとして世界中を飛び回り、悪を正す彼女。ヒロコちゃん。
 意識は確かに私のものなのに、体はヒロコちゃんのものという不可思議な事態を前にして、私はただその場に立ち尽くすしかなかった。


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