ちょっといいですか?と声をかけてきたのは隣のクラスの女の子だった。体育の授業が同じなのである程度は顔見知りだ。
「吾妻さんが白石くんの幼馴染て聞いて。その、確実に渡してもらえると思って・・・」
透き通るような白い肌、長いまつげ、栗色のちょっぴり内巻きの髪、守ってあげたくなるようなオーラのある彼女はもちろん、白石と同じ"モテる"部類の人間なんだろう。何一つ彼女に勝る点のないあたしが、学年一モテる白石蔵ノ介と幼稚園からの家族ぐるみで付き合いのある幼馴染だなんて、周りからしたら信じられないようだが、これがまた事実なのである。事実ゆえにこのようなことを頼まれているわけだけれど。
「まあ、ね。親衛隊厳しいし」
下駄箱にラブレターを入れようものなら、問答無用で親衛隊に撤去される。あまりにしつこい場合はお決まりの屋上へお呼びだしだ。その親衛隊に完璧に見下されてるあたしだから、確実に蔵ノ介の手に渡ると思ったのか。
「うん、いいよ。渡しておいてあげる」
意外と厳しい蔵ノ介のことだから、こんな手段で渡されても付き合ったりなんかしないと思うけど。知っていてもきちんと蔵ノ介に渡して、そうしてフラれる子を何人も見てきた。
「蔵ノ介」
「さきか、どないしてん?」
「これ」
一瞬だけ顔を顰めて、蔵ノ介は手紙を受け取った。そしてその場で開けて読むと、ため息をついて、その手紙をポケットにぐしゃりと突っ込んだ。そのぞんざいに扱われた手紙を見ても私は何も言わない。
「・・・いつまでこんなことするんや」
「いつまでって、女の子たちに聞いてよ」
さよか、と一言だけつぶやいて蔵ノ介は部活へと向かった。いつまで、か。私はいつまでこんなことをするのだろう。小さなころから一緒に外を走り回っていた蔵ノ介、いつのまにか頭1個分近くも背が大きくなって、すごくかっこよくなった。友達だと思っていたそんな彼への思いはいつ恋愛感情に変わってしまったのだろう。でも私は蔵ノ介に打ち明けたりはしなかった。小さい頃の思い出がいくらあっても、それが恋に繋がるとは限らない。むしろ私の中の、幼馴染みとして過ごした思い出は他人の羨望の眼差しを集めながらも、私の目の前に大きく立ち塞がり、歩みを阻む。
想いを打ち明けて今までの関係を壊してしまうくらいなら、私は逆らうのはせめて、せめて。
けれどそんな願いも、届かなかった。
蔵ノ介と幼馴染で羨ましいなんて、そんなのあたしにとっては外側からの意見でしかない。
幼馴染なんて、近しいようで、恋愛なんてものからは一番遠いものなのだった。
「吾妻さん、ありがとう。本当になんて言ったらいいのか」
手紙を渡した次の日の朝一番、昨日の彼女は私のところにやってきた。
「何しとるん」
驚いた。彼女の笑顔の訪問に加え、蔵ノ介まで。 蔵ノ介の教室は2階、あたしらの教室は1階の端のほうだから、めったに顔を出すことはないはずなのに。
「あ、蔵ノ介くん、おはよう」
「おはようさん」
彼女を見つめる蔵ノ介の眼差しは今まで見たことも無いくらい優しく、私という人間を後悔した。いまさら、全てが遅いのだ。
全て。
「ほんま、さきのおかげやな」
こんな日が来るなんて、分っていたはずなのに。胸がいたい。幸せになってほしいと思っていた、幸せになりたいと思った。
「おおきに」
それでも、嘆くことすら許されない。
前から投げ出していたのは誰でもない、自分なのだ。
キューピッドは泣かない
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