「りーんー?」
私は分厚い毛布に包まって、ソファに縮こまっている凛に声をかけた。もう時計は11時を指すというのに、凛は朝からこの調子で、30分も
前から声を掛け続けているのに、動く気配はない。
「…」
「ねぇ、約束」
「無理」
そう即答する凛に私は大きく溜息をついた。
「夏は"本土の夏は暑くもなんともない、本土の人間はだらしない"って言ってたのは、どこのどなたかしら?」
「ゆーじろうやっさーろ」
裕次郎とは凛のテニス部の仲間。私の記憶では、凛が挑発するかのように言っていた記憶があるのだけれど。
「…もーいい」
それでも動きだす気配を微塵も見せない凛に呆れて、私は携帯を取り出してある人物に電話をかけた。
今日は、凛とショッピングに出かける予定だった、そのために今まで買い物を我慢してきたのに、当人は外に出る気が一切ない。
だからといって、後日にするほど私にだって余裕はない。楽しみにしてたんだから。
「どこに掛ちょる?」
むっとしたように話しかけてくる凛を無視して、私は携帯の向こうに耳を傾けた。
「あ、もしもし?」
『アーン、さき。どうした?今日は平古場のやつとデートじゃねぇのかよ』
「それが、りん。東京の冬に負けちゃって」
「!?」
「それで、申し訳ないんだけど、景吾、」
付き合って、という前に、携帯は私の耳からはなれ、凛の手の中へ。
ちょっと、という抗議の声を無視して、凛は、画面をまじまじと見たあとボタンをひとつ、ピッと押すと、私にほおり投げた。危なげにキ
ャッチして、返された画面を見ると通話終了の文字。
「何するのよ」
相手はあの俺様跡部景吾だ、あとで何を言われるかわかったもんじゃない。けど。
「出かける。支度して来ぃーさ」
「…はーい」
そういって、のそのそと支度を始めた凛を見て私の口元は綻んだ。結果オーライ、なのかもしれない。
私もコートとマフラーをとって玄関へと向かった。
**
「ねぇ、これ。かわいい!見て見て」
「おー」
「わ、こっちもかわいい!どう、似合う?」
「似合う似合う」
「…どっちがかわいいかな」
「おー、どっちもちゅらかーぎー」
電車で数十分揺られてきたのは、デートスポットでも有名なショッピングモール。
前に友人と来たときに幸せそうなカップルを見かけてから、凛とここで買い物をするのが夢だった。
「ね、凛、楽しくない?」
「んなわけじゃ、ないけど。」
それなのに、凛はどこかご機嫌斜め。
この状態で、ショッピングも出来るわけもなく、私たちは適当に近くのベンチへと腰かけた。
「ね、凛。せっかく久し振りに会えたのに、こんなデートは嫌。ちゃんと話して?」
「…」
「りーん」
機嫌が悪くなると、口数が減って返事も御座なり。話したくなければ、だんまり、まるで小学生だ。
それでも、散々渋ったあとに凛はやっと口をひらいた。
「名前」
「ん?」
「…跡部ぬ野郎ぬくとぅ、まやっさー名前呼びしはるぬかよ」
どうやら、出かける前の携帯の一件をまだ引きずっているらしい。
「だって、幼馴染だもの。今さら変えられないよ」
「…ふーん」
あれ、これはもしかして。
「妬いてる?」
「ば…っ」
「馬鹿だなぁ、凛は」
「ぬーとやてぃん言え」
顔を赤くして凛はそっぽを向いてしまった。
沖縄と東京は遠い、飛行機で3時間。それに私たち学生がやりくりできるお金なんてたかが知れてるから、長期休みにしか会えないし、凛と
会ったのだってテニス部の合宿とか全国大会とか、数えるほどしかなくて、ヨーロッパ時代から付き合いがある景吾に比べればはるかに短
い。でもね。
「今、私の隣にいるのは凛だよ」
時間なんて関係ない。幼馴染の景吾が好きなら、今ここにはいない。デートなんかしていない。沖縄の方言が分らなくて、上手く話せなく
ても私は凛が好き。
そう、わかってほしくて、きゅっと凛の手を握った。手の暖かさと一緒に気持ちが伝わればいい。
「今、俺ぬ隣んかいいるぬがさき」
しばらく私をじっと見詰めた後、私の言葉を真似するように凛は言った。繋いだ手から凛の温もりが伝わる。
あったかい、手も心も。
氷帝テニス部と比嘉中テニス部は折り合いが良くない、互いに嫌悪感少なからず嫌悪感をもっている。(だから、私が凛と付き合うことにな
ったと報告したときには大変だった。)けど、一人ひとり向き合えばこんなにもあったかい。
「ははっ、そうだよな。跡部ぬ野郎んかい負ける気なんかさんわ」
勝気にいう凛は、テニスコートできらきら輝くいつもの凛だった。
あ、そうだ。私はこの姿に一目ぼれしたんだ。
「絶対離さねーらんからな、覚悟しとけ!」
凛は繋がった私の手を、自分のコートのポケットに突っ込んだ。ポカポカする。凛の方を見やると太陽のような笑顔を返してきた。
そうして、私も同じように笑って返した。
となり。
(私だって離れないからね!)
120130
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くじプリ様提出。
沖縄弁変換は もんじろう にて。