23.低血圧



目が覚めた瞬間、茶色い塊が視界に入った。茶色くて、デカイ、何か柔らかいものを抱きしめて寝てたらしい。そんな記憶は無い。
コンタクトも何もつけて無い裸眼な上、寝起きの目を凝らして、腕の中のものを見つめる。見覚えが無い訳じゃない。こんな感じのものをアイツに贈った記憶があるし、それに、つい最近こんなやり取りだってした。

「はい、これ。瑛くんにあげるね」
「何……って、デカイな!」
「カピバラのヌイグルミだよ」
「いや、だから……これもう、ヌイグルミってサイズじゃないだろ……」
「抱き枕サイズだよ。UFOキャッチャーで取ったの」
「これを!? ゲーセンで?」
「こう見えてUFOキャッチャー得意なんだよ」

ふふん、と胸を逸らしながら言っていたのも覚えてる。そうか、得意なのか、UFOキャッチャー……そんな特技があるなんて知らなかった。つーか、その戦利品を何だってわざわざ、俺にくれるんだ……という疑問に対する答えはこうだった。

「瑛くん、カピバラ好きなのかなって」
「いや、別に、好きとかじゃないし……」
「だって、前に誕生日プレゼントでくれたでしょう?」
「いや、あれは……」
「わざわざ選ぶくらいだから、もしかして、好きなのかなあって」

そうやって屈託なく笑うから、言いかけた台詞は引っ込めた。別に好きとかじゃなくて、おまえに似てるから選んだんだ、みたいなことは。要らん墓穴は掘りたくない。

問題は、そんなやり取りの末、自室に持ち込まれた特大カピバラを何だってまた、抱きしめて寝ていたのか、ということだ。ヌイグルミを抱いて寝る趣味はない。ということは、残る可能性なんて、一つしか思い当たらない。ことの元凶に抗議すべく、ベッドから起きあがった。





階下に下りたら、見慣れたキッチンで、見慣れない後ろ姿が何やら作業していた。エプロンまでつけて。そんな姿に、こう、胸に来るものが無い訳じゃないけど、当初の目的を忘れずに完遂することに努めた。

「あかり」
「あ、おはよう、瑛くん」

振り向きざま、あかりが屈託なく笑いかけてくる。その笑顔に向けて、特大のヌイグルミを突き付けた。

「おはよ。……なかなか強烈な目覚めをサンキュー」
「わふっ」

いきなり巨大なカピバラを押しつけられたあかりは慌てている。
何とかヌイグルミを取り落とさず、持ち直したあかりが眉を吊り上げる。

「もう、危ないよ、瑛くん!」
「ウルサイ。つーか、朝っぱらから何の悪戯だよ」
「悪戯って?」
「カピバラ。何のつもりだよ一体」
「何って……身代りにと思って」
「身代り? おまえの?」
「大きさも丁度いいかなあって」
「…………ガキじゃあるまいし」

体の前で抱きこんだカピバラ越しにあかりが見上げてくる。眉を小難しげに顰めて、何か釈然としないような顔をしている。それから、不思議そうに小首を傾げながら、言った。

「……瑛くん」
「何だよ?」
「もしかして、拗ねてる?」
「…………………拗ねてない」

カピバラ越しにあかりが笑う気配がした。顔を背けているせいで、どんな顔をしてるのかは分からない。でも予想は出来る。例のニヤニヤ笑いをしてるんだと思う。ああ、くそ……。

「ウソ。拗ねてるでしょ」
「拗・ね・て・な・い!」
「そうか〜。瑛くんは置いてきぼりされて、拗ねてたんだ〜」
「違うって言ってるだろ!」
「じゃあ、どうして、機嫌悪いの?」
「それは…………低血圧、とか」
「瑛くんって、低血圧だっけ?」
「……たぶん」

また吹き出す気配。ああもう……。

「じゃあ、ちゃんと朝ご飯食べなきゃね」

特大のカピバラを押しつけられる。火を止めて、コンロからフライパンを下ろす。

「目玉焼き、食べる?」
「…………食べる」
「じゃあ、顔を洗って、テーブルで待ってて下さーい」

したり顔でそんな宣言をされる。何て言うか、敵わない。

「分かったよ」

分かってるんだ。別に、悪気があった訳じゃなくて、朝、俺より早く起きて朝ごはんを作ってくれようとしたんだってことくらい。
それはすごく嬉しいことだったけど、朝、隣りにいると思っていた相手がいなくなっていて、内心焦ってしまった。それで……拗ねたとか、まるで子供みたいじゃないか。
顔を洗って、頭が冷えた頃には、朝食後のコーヒーくらいは淹れてやろう、という気になった。あと、機嫌悪くして、ごめんって謝っておこうと思う。それから、朝食、作ってくれて、ありがとう、とも。




2011.10.08
*卒業後の二人かな、と思います。
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