隣りを歩いていると思っていたあかりの姿が見えなくて、振り返ってみたら、やけに真剣な顔をして俺の後ろを歩いていた。自分の足元をじっと見つめて、一歩一歩慎重に足を進めている。……何してんだ。動物園のペンギンみたいな歩き方をしてるボンヤリを呆れながら眺めた。 冬の海辺。降ってはいないけど、浜はうっすらと雪におおわれている。控えめに言って、物凄く、寒い。 ボンヤリのうっかり者が追いつくのを立ち止まって待ってやっていた。海から吹いてくる風が酷く体に堪える。もっと厚着してくれば良かったかな……そんなことを考えていたら、ようやくあかりが俺に追いついた。足元に向けていた顔を上げて、「あ、瑛くん」とか言って、へにゃりと笑う。寒いのか、鼻先が真っ赤になっている。 「……おまえ、トナカイみたくなってる」 「トナカイ?」 「鼻、真っ赤」 指摘したら、あかりは自分の鼻先を抑えた。 「だって、寒いんだもん」 「変な顔」 笑ってやったら、ムッとしたような顔をして見せた。悪いけど、赤っ鼻のトナカイじゃあ、そんな顔したって、全然怖くない。むしろ……、言いかけた言葉は口には出さない。 「瑛くん、だって」 ぎゅ、と鼻先を摘ままれた。油断してた。不覚。 俺より背が低いあかりは背伸びをして鼻を摘まんでいる。その指先の冷たさに驚いた。この場所に誘ったのは、失敗だったかな、と思わなくもない。 「ヤメロ」 「イタッ」 つむじの辺りに軽くチョップをして止めさせた。鼻なんか摘ままれたって嬉しくはないし、何より、顔の距離がいつもより近すぎて落ち着かない。寒いのに顔が勝手に熱を持つから、始末に負えない。 唇を尖らせてつむじの辺りをさすっているあかりを見下ろして、訊いてみる。 「さっきから、何してんの」 「? 頭、さすってるの」 「じゃなくて」 あかりの後ろの方を指さす。 「人の後ろ、歩いて何してたのかって聞いてんの」 「後ろ……? あ、うん、あのね……!」 何を言われているのか、気づいたのか、あかりが急に声を上げた。自分の後方を指さして言ってきた。 「見て、足あと」 「足あと?」 「ほら、一人分なの」 何のことだ、とボンヤリの顔とボンヤリが指さしている方向を交互に見つめた。あかりがもどかしそうに言う。 「雪の上の足あと。瑛くんの足あとだけでしょ?」 言われてみると、その通り。浜に積もった雪の上、続いているのは一人分の足あとだけだ。周りを探してみても、こんなに寒い日に、この場所を散歩している変わり者なんて俺たちしかいなかった。 「ミステリーだね!」 「……違うだろ」 「……バレた?」 「バレバレだよ」 あかりは「なんだあ」と声を上げているけど、まさか、本気で騙されるとでも思っていたんだろうか。まさか。 それにしても……。 やけに真剣な顔で後ろを歩いていた、さっきのあかりを思い出す。しかもトナカイみたいな赤い鼻で、ペンギンのよちよち歩きみたいな歩き方で。人が歩いた足あとの上を歩いて、「足あと一人分だよ」とか、そんなバカみたいな企みの為にあんな真面目な顔してたのかよ、って。さっき口をついて出そうになった台詞が、また喉元まで出かかる。誤魔化すように別の台詞を吐いた。言葉と一緒に白い息が空中を漂う。 「バカなこと言ってないで、行くぞ」 「うん」 歩きかけて、立ち止まる。「わわっ」と慌てたような声と一緒に背中にあかりにぶつかった。「瑛くん、急に立ち止まったら危ないよ……」という文句を横に流して、手を差し出した。きょとん、とした顔であかりが見上げてくる。 「あかり」 「うん?」 「手、繋ごう」 「えっ」 「後ろ、歩かれてると落ち着かないんだよ。だから、引っ張ってやる」 自分でもあんまりな口上だと思わなくもない。けど、口をついて出るのは、いつもこんな捻くれた台詞ばかりだ。 「えっと……いいけど……」 あかりが眉を八の字に下げて言う。申し訳なさそうな顔だった。 「ゆっくり歩いてね。瑛くん、歩くの早いから、わたし、いつも遅れちゃうんだ」 「うん、分かった……」 あかりの小さな手が、きゅ、と俺の手を握ってきた。寒いのか、指先が赤く染まっている。やっぱり冬にこの場所へ誘ったのは失敗だったかな、と思わなくもない。でも、冬でも、寒くても、この場所は俺にとって特別だった。そういう場所をあかりと二人で歩きたかった……というのは、口には出さないけど。 冷え切った手を温めてやりたくなって、包み込むように小さな手を握った。繋いだ手を見て、あかりは「えへへ」とくすぐったそうに笑う。口にしなくても、考えていることがよく分かるような顔。鼻先がトナカイみたいに赤くなっていても、沖から吹く強い風に髪を掻き乱されたカピバラでも、その笑顔はとてもかわいかった。それもやっぱり口には出さなかったけど、繋いだ手の熱さのせいで、もしかしたら、伝わってしまっていたかもしれない。 2011.11.28 *デイジー(瑛くんと手を繋いじゃったv ちょっと照れるかも……) *元ネタは某桜井兄弟△の冬の海辺デートイベントです(足あと一人分云々)。 <-- --> |