10.カミングアウト



「わたし、実は宇宙人なの」

いやまあ、確かに? 普段からこいつはどうもボンヤリだし、たまさか突拍子もないことをしでかすし(植物園で突然歌い出した時は閉口した。きっと野生化したんだな)、どうにも小動物っぽいし。ほら、今も向かい合って座っているのに、身長差があるせいで上目づかいに見上げてくる仕草だって、黒目がちな小動物みたいだ。

こいつはきっと、人間というよりも不思議な生き物だとか、あるいは珍獣に近いんだろう、そう思っていたのは俺じゃないか。しかし、そうだとしても何だってまた、と思わなくもない。

――宇宙人だって。

「……そう来たか」

相変わらず人の意表を突くのが、お上手なことで。
口には出さないけど、そんなことを思ったり。

「え?」

放物線を描いて予想の斜め上を飛ぶカミングアウトをして寄越した相手は、普段見せてた仕草をして寄越す。小首を傾げて、頬周りの茶色い髪が揺れる。それを目の端におさめながら手元のコーヒーカップに手を伸ばす。持ち上げて中身がもう無いことに気づく。円盤めいた形の真っ白なソーサーに空のコーヒーカップを乗せた。……動揺してる? 
まさか。
まさか、こんなバカ話に動揺する訳なんか、無い。

「いきなり何の話だ、小動物」
「ううん、小動物じゃないよ」

憤然としたような表情で訂正された。
ご丁寧に人差し指を上向きに立てて、目の前にさし出して、冒頭と同じ台詞をもう一度。

「宇宙人だよ」

まだ夕暮には早い時間で、喫茶店の窓から射す太陽の光に色はついていない。波状の白っぽい光と影がテーブルの上で揺れている。影があかりの手の上を、まるで波打ち際にいるように漂う。波、海、浜辺、そうやって連想していって、思い浮かぶものが無い訳じゃない。けれど、それは違う話だ。今だって、ほら、話が妙な方向にズレて行って、果ては、銀河規模の話にまで発展してる。宇宙人だって。何が。おまえが?

そんなバカな話があるか、という話だ。

「…………百歩譲ってだな」
「うん」
「おまえが人間じゃなくて、何か他の生き物だとして、だ」
「だから、宇宙人だよ」
「はいはい。宇宙人な」

いい加減面倒くさくなって、おざなりに頷いた。あかりが自分の手元のコーヒーカップを両手で包み込むようにして前に乗り出す。そうして妙に嬉しそうに笑いかけて寄越す。

「やっと、分かってくれた」

――何だ、その反応は。

「とにかく」

気を取り直すように、咳払いをする。

「地球人じゃない、宇宙人の海野さんは一体何が目的なんですか?」

本当に一体何のつもり何だか。こんな話。

「それは……異種間交友、かな」
「そんな単語、聞いたこともないから」
「そう?」
「そう。異性間交友ならまだしも」
「じゃあ、それが目的」
「……おまえ、適当に言ってるだろ」
「ううん、真面目。大真面目だよ」

しかし向かって前方、頬づえついて見上げてくる黒目がちな目は二つとも笑っているし。
どう見ても、悪ふざけだとか、性質の悪い冗談にしか思えないし。

「……悪いけど」

ため息をついて言う。

「おまえが何を言いたいのか、全っ然分からない」
「そうだなあ……」

あご先に人差し指を当てて、考えるような仕草。こんな時ほど、人間らしい仕草をして寄越す。

「例えばの話」
「……例え話」

……宇宙人の話も?

「あ、宇宙人の話は本当ね」
「ああそう……」
「佐伯くんは学校にいるときと、珊瑚礁にいるときでは顔が違うでしょう?」
「それは……仕方ないだろ」
「うん、そう。そうだよね。大切なものを守るために必要な事だもんね」
「それがどうかしたのかよ」
「わたしも同じだとしたら?」
「え?」
「何か理由があって、いくつも顔がある、とか」
「…………」
「例えば、11人、とか」
「多いな、おい。てか、例えばって何だよ」
「11人って、SFだと定番じゃない?」
「いや、知らないし。そんなこと」

って、言うか……。

「おまえ、やっぱふざけてるだろ?」
「ううん。大真面目」

確かに顔は大真面目だけど……単に無表情なだけにも見えなくもない。

「……何か、怖いんだけど」
「うん、怖い話だよね。ごめんね」
「何が」
「佐伯くん、怖い話、苦手なのに」
「いや、そういう怖い話じゃなくてだな」
「でも、これは怖いことだよ。酷いことだよ。きっと、このままじゃ……」

あかりが言葉を止めて、視線を斜め下方向に伏せる。白い頬に鋭角な影が出来る。ここに至って、ようやく分かった気がする。相手は大真面目だ。口にしてる内容ときたら、ふざけた例え話かホラ話にしか聞こえなかったけれど。
言い出すのを躊躇うような沈黙の後、あかりが口火を切った。顔を上げて真っ直ぐに見詰めながら。

「誰かを、酷く傷つける」

時間が止まったような気がした。もちろん、止まる訳無い。そんなSFな展開は願い下げだ。それに、いい加減、この妙な話の運びにも、愈々ウンザリしてきていた。

「それで、その、“誰か”ってのは?」
「え?」
「誰かってのは、誰なんだって聞いてんの」
「それは……」
「おまえのこと?」
「……ううん」

あかりが頭を振って寄越す。

「わたしじゃないよ」
「……なら、良い」
「え?」
「傷つくのが、おまえじゃないなら、俺は構わない」

まるで酷いことを言われたようにあかりは目を見開いた。泣きそうに眉を寄せて頭を振る。

「良くないよ。そんなの、良くない」
「俺が良いって言ってるだろ」
「ううん、良くないよ。最初に言ったけど、わたしは宇宙人だから傷つかないよ。何があってもビクともしないよ。体に流れてる血も赤じゃなくて、きっと緑色だから何が起こっても痛くも痒くもないよ。でも、佐伯くんは違うでしょ」

泣きだしそうな顔のまま言った。

「……傷つけられたら、痛いでしょう?」
「……泣きそうな顔のヤツが言う台詞とは、思えないけど」
「これは……目から汗が出てるだけだもん」
「それはまた、不思議な体の構造をしてるんだな、宇宙人」
「うん、地球人とは全然違うんだよ、佐伯くん」

「だからね」とあかりが続ける。

「宇宙人なわたしのことなんか、気にしないで忘れてくれて良いんだよ」

黒目がちな目が真っ直ぐに俺を見据えていた。物言わない瞳。けれど、言葉よりも雄弁な、その瞳……。

バカだなあ、と思う。バカ話を大真面目にしてくる、おまえも。……俺も。

「…………おまえが何て言おうと、もう、変わらないよ」
「佐伯くん……」
「もう好きになってるんだ。変わらない。変えられないんだ。俺は……」

喫茶店なんか、さっさと出ていれば良かった。こんな話は海辺で話すべきだった。

「おまえが宇宙人でも人魚でも、好きだよ」

あかりは何か言いたげに口を開いたけど、言いかけて結局口を閉じた。眉を下げて、次いで視線を斜め横方向に下げながら、もう一度口を開いた。

「……宇宙人だって、言ってるのに」
「じゃあ、宇宙人なおまえが好きだ」
「じゃあ……って、そんな……」
「おまえが言いだしたことだろ」
「佐伯くん……」
「……何だよ?」
「顔、真っ赤だよ」
「ウルサイ」

目を逸らす。そんなの、言われなくたって分かってるし。

「……夕日のせいだろ」
「そうかなあ?」
「そうだろ」
「……ね、佐伯くん」
「何?」
「佐伯くんって変わり者だね」
「今更だろ、そんなの」
「宇宙人と変わり者なら、上手く行くかな?」

しれっと、そんなことを言う。それに対して言えることはひとつだけだ。

「当たり前だろ」

小動物で、カピバラで、ボンヤリで、果ては、宇宙人、あるいは、人魚。
そんな妙な生き物を好きだなんて、変わり者、きっと俺くらいだよ。

俺の台詞を聞き終えて、テーブルに突っ伏すように顔を沈めて、「……佐伯くんはバカだ。大バカだ」と消え入りそうな声で呟いた大バカ者のつむじに向け、声に出さないで言ってやる。俺も大概バカだけど、おまえだって相当だ。今更こんな話をされたって、一度気づいてしまったものは覆らないだろう。もう話は、随分と先に進んでしまったのだから。






2011.09.30
*デイジーなりの関係解消イベントだったのかもです。そして結果、関係解消ならずみたいな。(みたいな、じゃないよ)
**ここしばらくmemoで呟いていた三角関係とか片恋関係考察への返歌、自分なりの結論のつもり書いたのですが、酷く散漫な代物になりました。この問題に関しては、また次回リベンジします。
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