「つーか、何でウチだったんだよ」 「何でって、アルバイト募集のメールが来てたからだよ。むしろこっちが訊きたいよ。きっとたくさん応募があったんじゃない? どうして、わたしだったの?」 「それは……俺だって知らないよ。採用決めたのはじいちゃんだし……」 「そうなんだ……」 そこで二人そろって、ちらり、と後ろを振り返った。彼らの背後、横目に盗み見た視線の先、店のマスターであり、少年の“じいちゃん”でもある佐伯総一郎が麻のクロスでグラスを拭いている。ゆうに二周りも年嵩である彼は、若い二人の視線に気がついて『おや』という風に眉を上げた。 「なんだい。二人で仲良く内緒話かな?」 「違うよ!」 少年が勢いよく否定し、それを見て総一郎が楽しげに笑う。「あの、マスター」と少女が口を開く。 「マスターは、どうしてわたしを雇ってくれたんですか? 他にもたくさん応募した人がいたと思うんですけど……」 「ああ、それはね……」 一度言いかけ、ふいに何かに気づいた様に言葉を区切り、改めて少年と少女の顔を交互に見つめると、総一郎は、穏やかに微笑んだ。まるで何か懐かしい思い出に思いを巡らすように。 「それはまだ、秘密です」 「秘密、ですか?」 「そう、秘密。こういうのはね、お嬢さん。先に明かしてしまったら、きっとつまらない。何、時期が来たらちゃんと教えてあげますよ。もし、必要だったら」 「時期、ですか……」 「何だよ、それ……」 考え込む少女に、憮然とする少年。二人に向け、総一郎は人差し指を口元にあてて見せた。――まだ、秘密。時期が来るまでは。年長者のその茶目っ気ある仕草を見て、そういうことなら仕方ないのかな、と年若い二人は根負けしたように納得する。渋々ながら、あるいは、何となく。 二人を見つめる総一郎の瞼の裏には、幼い二人の面影が焼き付いている。幼い二人と、かつて二人に読んで聞かせた昔話。在りし日の懐かしい思い出を胸に仕舞い込んで、彼はそっと笑った。 2011.04.22 *総一郎さんは、最初から色々なことに気づいてるイメージです。 (*お蔵入りバージョン) <-- --> |