(※オチがちょっと大分結構、下品) (※苦手な方はご注意) 珍しく店に電話をかけてきたと思ったら、『バイトやめたい』だって。バイトをやめたい? 考えたこともなかったせいで思わず訊き返していた。「……え?」我ながら間の抜けた反応。あいつは気が変わったのか、『ごめん、やっぱり今のなし!』と慌てたように言った。一体何なんだ。けれど、やめないでくれたことに感謝してしまった。やめないでくれて良かった、本当にそう思っていた。 ○ 別にご機嫌伺いなんて、そんなつもりはない。そう言い訳しても、傍から見たらそんな風にしか見えないのかもしれない。否定はしない。これはどう見てもご機嫌伺いだ。用意しておいたプレートを手にあかりに声をかけた。 「あかり、お疲れ」 「あ、お疲れ様、佐伯くん」 屈託のない表情であかりは振り返る。この間の電話を忘れてしまったのか、それともあのことは不問にするつもりなのか、いずれにせよ、あんな電話は最初からなかったみたいにあかりは以前のままの反応を返す。腑に落ちないのは俺ばかりだ。 カウンターに座るあかりの前にケーキとコーヒーが乗ったお盆を差し出す。 「……試作品だけど」 「試作品? もしかして、佐伯くんが作ったの?」 「ああ、まあ、そうだけど……」 「すごーい! レアチーズケーキ? あ、でも、何か入ってるね?」 「生地に刻んだマンゴーを混ぜてみたんだ。夏に向けての試作品」 「おいしそう!」 「その、今日、これ食べていかないか?」 「えっ?」 途端、目を輝かせてケーキを見つめていたあかりの表情が固まる。目の前のケーキを恨めしげに見つめ、挙動不審な仕草をしばらく繰り返したのち、こう言った。 「ごめん……今日は遠慮しとく…………」 まるでこの世の終わりみたいに暗い表情。思わず言ってしまう。 「何でだよ!」 「何でって……何ででも! ダメなの!」 「……ああ、そう。あーそう! 何だよ。気に食わないならはっきり言えばいいだろ……」 「気に食わないなんて、そんなことない」 「そんなことなくないだろ」 「そんなことなくなくない!」 「そんなことなくなくなくない」 「そんなこと…………あれ? どっち?」 否定の数を指折り数えて首を傾げている。なんか、思わず笑いたくなるような仕草。ムキになって喧嘩してたのがアホらしくなるような……。 「あーあ」 「な、なに?」 「別に。おまえ見てたら怒るのがバカらしくなってきただけ」 「……何か、引っかかる言い方だなあ」 「気にすんな。それよりさ、ケーキ、気に食わなかったなら、はっきり言ってくれないか? 一応、参考意見にしたいからさ」 「だから……気に食わないところなんてないよ。ただ、これはわたし自身の問題で……」 「? 『わたし自身の問題』って何だよ?」 「それは、その、複雑な理由がありまして……」 「何だよ? はっきり言えよ。気になるだろ」 「…………笑わない?」 「笑わないよ」 「怒らない? バカにしない? アホだって言わない?」 「しつこい。いいから早く言えよ」 「その………………実は、ちょっと太ったみたいで…………」 「は? 太った?」 思わず素っ頓狂な声が出る。あかりは顔を真っ赤にして俯いている。何だよ、そんなに恥かしいことか? とゆーか、太ったようには全然見えない。 俯いたまま、あかりはぽつぽつと語り始めた。 「このあいだね、電話したでしょ。バイトやめさせてほしいって。実は、それも太ったからだったの」 ――太ったくらいでバイトをやめる? どういう理由だ。 「だって、そろそろ水着バイトの日、近いでしょ?」とあかりは恥かしそうに言う。水着バイト……ああ、そういえば去年そんなことをしたなあと思いだした。 「去年の水着入らなくて。恥かしくてやめようかなって。でも、そんな理由で辞めるなんて言えないから、やっぱりちゃんと続けようと思ったの。珊瑚礁のバイト好きだし……だから夏までダイエットしようと思って……」 「それでケーキを食べない?」 「うん」 「ダイエットって、もしかして食事抜く系のダイエットか?」 「う、うん……」 「ダメだ。却って体に悪いだろ、そんなことしたら。ちゃんと食え。倒れられたらこっちが困る」 「うう……」 ふと、あかりの体を上から下へ眺め下ろす。 「大体太ったってホントか? 全然そうは見えないぞ」 「そうかなあ? だって、制服とか、バイトのブラウスとか、あと何より去年の水着がすっごくきついんだもん」 「そうか?」 「うん、ほんとに」 「……そうかあ?」 「あ、あんまり見ないで……」 「いや? 太ったようには見えないって」 「……いいんだよ、そんなに慰めてくれなくても。あ、もしかして佐伯くん、そこまでして水着バイトしてほし……」 「バカ! そういう話じゃなくってだな……つーか、太って水着が合わなくなったんだな? じゃあ、新しいの買えばいいだろ」 「さ、佐伯くんのバカ! 女心を分かってない!」 「な、なんだよ! サイズ合うやつ新しく買えばいいだけの話だろ?」 「そんな余裕ないもん!」 「バイト代があるだろう!」 「……バイトに使う水着なら必要経費で落としてよ佐伯くんのケチ! ムッツリスケベ!」 「なんだと!? いいだろう、出してやるから今度一緒に買い物行くぞ! 分かったな!」 「望むところですー」 「……言っとくけど、売上貢献のためだからな!」 「……言われなくても分かってます!」 ――おっかしいな、なんでこうなった……っていうのは割とすぐ思った。こいつといると、すぐ言いあいになって、要らん迂回を繰り返してばかりいるような気がする。それでも、やっぱり傍にいるんだから、傍にいてくれるから、よかったと思っている。なかなかそういう素直な言葉は言えないけれど。まだ、今のところは。 ところで、あかりのサイズアップした箇所が主に胸周りだったと判明して、試着室の前で赤面、内心少し役得だと思った…………というのは、また別の話だから詳細は省く。取りあえず、今年の夏も忙しくなりそうだ。海のバイトと、あと、悪い虫払いとか、まあ、いろいろと。 2011.02.06 (*礼のクリスマススチルにおけるデイジーの胸元はまったく <-- --> |