そんな無邪気に触れないで


瑛くんと遊園地へ行く約束をしたその日、わたしは心に決めていたことがあった。試行錯誤の末、心に決めた“あること”。
待ち合わせをしたバス停の前に先に来て待っていてくれた瑛くんの姿を確認、わたしは早速計画を実行に移した。ターゲット・ロックオン。

「ワハッ!」

挨拶の言葉もそこそこに、無防備なお腹を思い切りくすぐってみせる。たまらず瑛くんは悲鳴を上げた。そうして、うらめしそうな顔で「……いいんだな、お返しして?」と言ってくる。まさにその言葉を待っていたとばかりに、わたしは二つ返事で了解した。

「うん、いいよ」
「いや、いいよって、おまえ……」

気勢を削がれたのか、瑛くんは盛大に肩を下げた。やれやれと言うように頭を振って、話題を変えてしまう。

「行こう。そろそろバス、出るから」
「うん」

頷きながら、一緒にバスに乗る。本気に取ってもらえないことに物足りなさを感じながら。

その後も隙を見て瑛くんにくすぐり攻撃をしかけてみた。

「やり返さないと思ったら大間違いだぞ?」
「アハッ! だから、弱いんだってば!」
「わっ! ……俺もくすぐってやる」

恨みがましく瑛くんが口にする台詞に、わたしはその都度、同じ返答を返した。何せ、それこそが狙いだったので。

「どうぞ!」

両手を広げて歓迎のポーズを取ると瑛くんはあからさまに怯んで見せた。

「お返し、してくれていいよ?」
「…………出来るわけないだろっ! バカ!」

力いっぱい否定して、瑛くんは先を歩いて行ってしまう。その広い背中に向け、わたしは独り言をこぼす。――仕返しでもお返しでも何でもいいから触れてほしい。

そんなことを言い出すことは、もちろん出来なかったけれど。





わたしが面と向かって伝えると瑛くんは必ず否定するけど、これはやっぱりまぎれもなくデートなんだと思う。

「なあ、まだ時間あるなら、ちょっと寄り道してこうぜ?」
「うん、大丈夫だよ」

二人で遊園地で遊んだ帰り道、瑛くんが手を繋いでくれた。辺りが茜色に染まる中、二人きりで歩いていく。瑛くんがしげしげといった風に繋いだ手を見つめる。どうしたんだろう、とわたしは瑛くんの顔を見つめる。その視線に気づいた瑛くんが、顔を上げわたしを見つめ返す。すぐにその視線は逸らされてしまったけど。ぼそり、と瑛くんが呟いた。

「……おまえの手、小さいな?」
「そうかな?」

手を繋いだまま、繋いだ手を目線の高さに持ち上げてみる。じろじろと見聞してみたけど、よく分からなかったので、一度、繋いだ手を離してみた。熱が離れる。手のひらをぴったりと合わせてみる。

「ホントだ。瑛くん、手大きいね?」
「当たり前だろ」
「指長くて、うらやましいなあ」
「そうか?」
「うん。かっこいいよね」
「それはどうも」
「指の話だよ」
「ああ、そう……」

そのまま「なんだよ……」と小声でぼやく瑛くんの手をもう少し観察してみる。骨っぽくて長い指。大人の男の人みたいな手のひら。でも、見た目に反して、繋いでみたとき、思ったりも柔らかい感触がする手のひら。

「こら、何してんだ」と抗議の声が上がる。「瑛くんの手を観察してるの」と返事をする。

「気が済んだら返せよ?」
「うん」

浅黒い手。わたしのとはやっぱり違う。少し考えて、その手のひらに頬ずりしてみる。

「わっ、こら!」
「えっ、なに?」
「いや、なにって、それはこっちのセリフだ! 何してんだよ、おまえは……」

はあ、と瑛くんがため息をつく。瑛くんの台詞を頭の中で反芻して、自分に聞いてみる。――何してるのかな、わたし?

「……わかんない」

ぽつり、呟くと心底呆れたようなため息が降ってきた。

「まーた……お子様モードだよ」

瑛くんがよく口にする言葉。お子様モード。瑛くん曰く、デートの帰り道でのわたしはこの「お子様モード」に入ってしまうらしく、これまで再三注意されてきた。――そうなのかなあ? とわたしは内心首を傾げてしまう。これは、そんなモードなのかな?

「……まだ、いいだろ。な?」

声をひそめて、瑛くんが言った。寄り道の時間を、もう少しだけ。わたしは頷きを返した。

「うん」

まだ辺りは夕焼けの橙色に染まっている。けれど、空は藍色に染まり始めている。もうじき、日も暮れる。





繋いだ手のひらが熱い。瑛くんの手も熱いけど、わたしの手のひらも同じなんだと思う。お互いの体温がじわじわと浸透する。少し恥かしいけど、この時間が好きだった。帰り道、少し遠回りをしながら瑛くんの隣りを歩くこの瞬間が。本人は気づいていないのかもしれないけど、こうして歩いているときの瑛くんの瞳は優しい。いつも仏頂面ではなく、優しく笑いかけてくれている。普段みんなに見せているプリンスの笑顔とも違う、瑛くんの笑顔だ。
こうして隣り合って歩いていると、いつもより距離が縮まったようで、嬉しくなる。嬉しくなって、いつもやりすぎてしまうのかもしれない。目を眩しげに細めて、穏やかに笑う瑛くんの笑顔が優しくて、つい、悪戯心が起こってしまう。これくらいなら、いいかな、とか。

「……こら」

繋いでいない方の手を伸ばして、ちょん、と頬を突いてみる。瑛くんは恥かしそうに眉を顰めてわたしを叱りつけた。

「ごめん」

謝ると、「別に、いいけど、これくらい……」とぼそぼそフォローしてくれた。その言葉を額面通り受け止めたわけじゃないけど、瑛くんが本気で怒っている訳じゃないと分かってホッと安心した。きゅ、と繋いだ手のひらに力を込める。瑛くんが横目に繋いだ互いの手を見つめる。「なあに?」と尋ねてみる。少しのあいだ、沈黙が流れる。息を潜めたような沈黙の時間。瑛くんが言いにくそうに、口を開いた。街灯の灯りがゆらゆらと瑛くんの顔に影を作る。

「なあ、今、俺がさ」
「うん」
「おまえと同じことしたら、引く?」

密やかな声で、瑛くんは打ち明け話をするみたいに訊いてきた。わたしの心の中を探るような真剣な目で瑛くんは見つめてくる。わたしは思わず、いつもみたいに聞き返してしまった。

「えっ?」

それがひどい間違いだったと、すぐに気づかされた。瑛くんはわたしのその受け答えのせいで、ハッと正気に返ってしまったみたいだった。ぱちん。魔法がとけてしまうみたいに、さっきまでの雰囲気が霧散する。瑛くんは力強く自分が言った台詞を否定してしまう。

「バーカ、しないよ! するワケがないじゃん」

そのまま繋いでいた手のひらまで離れていく気配がして、わたしは咄嗟にその手を両手で掴んで離れないようにした。ぴたり、と瑛くんの足が止まる。

「あかり?」
「……いいよ」

伏せた顔を上げる。両手で繋ぎとめた瑛くんの左手が命綱に思えた。

「同じこと、しても引かないから」

見つめた瑛くんの目が驚いたように見開かれた。喉がからからに乾いている。

「だから……して?」

わたしの手の下で、瑛くんの手が震えた。





「……じゃあ、こっち」と瑛くんはわたしを人気のない路地に引っ張って行った。塀に背を持たれさせて、わたしの顔を覗き見る。

「あかり。……さっきの、本気?」

声を出そうとしたら、喉が張り付いているようで、うまく声が出せなかった。こくり、と首を縦に振る。瑛くんは何だか難しそうな顔で、わたしを見下ろしている。ちょうど街灯の光を背に負っているせいで、その表情はよく見えなかったけれども。

「…………分かった」

ずいぶん長いあいだ沈黙してから、瑛くんはそれだけ言った。右手を持ち上げて、わたしは咄嗟に瞼を閉じてしまう。いつもの癖で、チョップされてしまうのかと思った。けれど、いつまでたっても想像した刺激は降ってこなかった。代わりに――ふわり、と髪を撫でられた。長い指先が頬を耳たぶをくすぐる。指に髪を絡めるようにして、瑛くんはわたしの髪を優しく撫でた。閉じていた瞼を持ち上げる。赤銅色の、やや色素の薄いふたつの瞳が目の前にあって、思わず息を飲んだ。睫毛の先が触れ合いそうな距離。こんなに距離が詰まったことはない。

「て、瑛くん……」
「……少し、黙ってて」

囁き声で止められた。口を噤む。あんまり、じっと目を見つめられて、居たたまれなくて、目を伏せた。瑛くんの指先が、わたしの頬の上を輪郭を確かめるように撫で上げた。不意に距離が詰まる気配がして、ぎゅ、と目を閉じた。
前髪を指先で払われる。額に、そっと柔らかいものが触れて、離れた。わたしは瞼を持ち上げた。

「瑛くん……」
「おまえ、顔まっ赤」

瑛くんがおかしそうに吹きだす。そんなこと言ったって、仕方ないじゃない、と抗議したい。けれど、代わりに別の台詞を返す。

「……瑛くんこそ」
「……仕方ないだろ」

わたしに負けず劣らず真っ赤な顔で、瑛くんは返す。

「こんなこと要求するおまえが悪い」

確かに藪蛇だったかもしれない。ムッと考え込んだ、わたしを見下ろし、瑛くんは眉間に入れた力を緩めた。ふっと笑って、軽くわたしの頭を撫でる。

「……今は、これだけで勘弁な? これ以上は、ちょっと我慢できそうにないし」
「……我慢って?」
「その、止まらなくなりそうってゆーか…………バカ」
「イタッ」
「言わせんな。こんなこと」

結局、いつもみたいにチョップされてしまった。――今はこれだけ。そっか、とわたしは納得する。まだ、今はこういう距離のままなのかな、って。

「気は済んだか。我がまま娘」
「うん、気が済んだよ。お父さん」

一度詰まった距離も、もう元通り。薄暗い路地から、元の帰り道に戻って、わたしたちは帰路に着く。
事の発端は単純すぎることで、どうして彼はいつも恥かしがってストップをかけるばかりなんだろうということ。単純な疑問の答えはとても簡単なものだった。とても恥かしいんだ。こんな風に、距離が詰まるのは。触れられるのは。
普段の彼の気持ちが少しだけ分かったわたしは、それでも、そろそろごっこ遊びの“父親と娘”の関係から抜け出してみたい、そんな不埒なことを頭の片隅で考えていたりする。もちろん、まだ言えないけど。




[title by 確かに恋だった 様]
[5600 & 5678 hit thanks! / 2011.04.14]
*DS版の、大接近モードの瑛主の話。
*消化不良でごめんなさいね……!
*えーけいさんへ捧げます。素敵なリクエストをありがとうございました!

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