一番のキミ #5
西本さんはわたしを屋上まで引っ張ってきて、力いっぱい宣言した。
「さあ、あかり! 思いっきり泣くんや! ほら!」
「って言われても泣けないよ、西本さん……」
わたしは思わず苦笑してしまう。
「ま、それはそうかもしれんけど……」
さっきまでのトーンを潜めて肩を落とす西本さん。心配そうな目でわたしの顔を覗きこんで言ってくれる。
「でも、ずっと悩んでたんやろ? あかり、最近元気なかったやん」
「そう、かな?」
「ずっと見てたから分かるもん。……なあ、ほんまはプリンスとプリンセスのことで悩んでたんやろ?」
わたしは言葉に詰まってしまう。悩んでたのかな? それはそうかも。でも、二人に嫉妬したのかと言うと、それは少し違う気がした。あんな風になりたい……って思わない訳じゃないけど、でも、それほど強くそう思った訳じゃない。ただ……。
「うん、そうだね」
――一緒に登校しても、誰から非難されないくらいお似合いの二人。そんな二人の姿を目の当たりにして、
「少し、さみしかったかも」
わたしだと、ああはいかない。
いつも頑張ってる佐伯くんの手助けをしたいけど、助けるたびに、いさかいとか、いざこざの原因を作ってしまう。上手く助けられない。それなら、みんな納得のあの女の子と一緒にいた方が佐伯くんのためになるんじゃないかなあって。
そう思ったら、また胸がチクリと痛んだ。じわじわ、引っ込んだはずの涙があふれ出す。
「あかり……」
西本さんが頭を撫でてくれた。
「泣いたらええよ。悲しいときは素直に泣くのが一番や。で、思いっきり泣いて、すっきりしたら、あとはもう忘れること。大丈夫やって。プリンスとプリンセスのウワサなんて根も葉もないウワサ話なんやから」
「……ほんとう?」しゃくりあげながら訊く。
「ほんまやって。大体な……」
そのとき、大きな音を立てて扉が開いた。ばーん、って、扉が外れちゃうんじゃないかなと心配なるような大きな音。
びっくりして振り返ると、そこには肩でぜえぜえ息をして、顔を不機嫌そうに歪め「やっと見つけた……」と呟く、はね学プリンス……もとい、佐伯くんの姿があった。
「さ、佐伯くん?」
「プリンスじきじきのおでましやね」と西本さん。ひょい、とわたしの陰から姿を現し、「バトンタッチや。あとは頼んだで、王子サマ」含みのある言い方で後ろ手にひらひらと手を振る。はじめて西本さんの姿に気づいたらしい佐伯くんが慌てて体裁を取り繕おうとしている。
「あ、いや! 僕はたまたま通りかかっただけで……!」
「はいはい」と西本さんは佐伯くんの台詞を受け流す。扉から顔だけ覗かせて、「ほな、よろしゅう」と佐伯くんに一度軽くおじぎをして、それから、わたしに向かってウィンクをした。あとには、わたしと佐伯くんが屋上の青空の下に残されるのみ。
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