雨宿り(別ver.)
「これ、おまえにやるから持っとけ」と目の前に差し出されたものを見つめ、彼女は首を傾げた。
「……傘?」
そう、折りたたみ傘。
急に差し出されたプレゼントに怪訝な視線を向けると、贈り主は、どこかばつが悪そうに視線を逸らしてしまう。そこで彼女は疑問を直接言葉にして彼に投げかけてみた。
「どうして、くれるの?」
「別に……あると便利だろ」
しかし相手は答えになっているような、なっていないような返事をする。何がしたいのか、何を伝えたいのか、何を意図してるのか、相変わらず分かりにくい。
釈然としない思いを抱え、彼女は目の前の折りたたみ傘を見つめた。淡い水色の小ぶりな傘。柄の部分はパールホワイト……好きな色の組み合わせだ。
「……でも、急にもらうのは悪いよ」
「……余り物だから気にすんな」
すると、こんな返答をする、はね学のプリンス。彼女は彼を見上げた。視線は相変わらず合わない。
「余り物?」
「そう、余り物」
――こんなかわいい、いかにも新品な感じの傘が?
「…………そっか」
どういう風の吹きまわしか分からないけど、
「なら、使わせてもらおうかな?」
差し出された水色の傘を受け取った。あまりにも丸わかりな苦しい言い訳に免じて。
「ああ。大切にしろよ?」
と、折にふれ、甚だ本音が分かりにくい屈折少年は安心したように微笑んだ。
――どうして、くれるの?
小動物めいた純朴そうな瞳で素朴な問いを訊ねる少女に、少年は内心で毒づいた。
――そんなこと、言えない。言えるわけがない。
先日のことだ。
放課後、おなじみの帰り道の途中、見慣れたこげ茶色の髪を軒先で見つけた。
おりしも、運悪く雨が降っていて、彼の手には使用中の折りたたみ傘。天気予報を見て、念のために忍ばせてきた傘が役割を全うしている。
――さて、どうするか。彼女に声をかけるか、しかし、折りたたみ傘で相合傘なんて、窮屈すぎるし、そもそも、物凄く照れくさい。彼が悩める思春期の懊悩全開で二の足を踏んでいると、見慣れない制服の男子生徒が彼女に声をかけているのが見えた。あれは確か、はばたき学園の制服……少年と少女は二三言葉を交わし、やがて、二人で雨の中を駆けだした――。
二人のやり取りを呆気にとられて見つめていた佐伯は雨の中ひとり取り残される形になった。「いや、元から一人だけど」誰に聞かせるあてのない独り言を呟いて、彼は降りしきる雨の中、立ち尽くしていた。何故だろう、物凄く寒々しい。
――あんな寒々しい思いは二度とごめんだ。
「ありがとう」と言って新品の折りたたみ傘を受け取った少女を、若干の疚しい思いと共に見つめながら、彼は、このうっかり者な少女が傘を忘れずに携帯してくれることを祈った。
2011.03.10
*ゆっきーがまるで当て馬のようでごめんなさいだったので没シュート
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