一番のキミ #2


佐伯くんは忙しい。
それは何も今に始まったことじゃなくて、高校に入って出会ったときから、ずっと一貫して、佐伯くんは“忙しい人”だった。まるで白ウサギみたいに? そう、まるでどこかの童話の、時計片手に急ぎ足で走り回る白ウサギみたいに。

そんな風だったから、会える時間は限られている。けれど、定期的に顔を合わせる時間はある。即ち、バイトの時間。

学園祭以来、佐伯くんと全然話す機会がなかった。例の人気投票の影響で一躍、時の人になってしまった佐伯くん。その結果、佐伯くんは前以上に女の子たちから引っ張りだこ。学校では近付くことさえできなかった。

「人気投票一位、おめでとう佐伯くん」

珊瑚礁でのバイト中、テーブルを拭きながら、前方に見える佐伯くんの背中に向かってお祝いの言葉を伝える。伝えたくても、学校では言う機会がなかったから。
すると、モップをかけていた佐伯くんの手がぴたり、と止まってしまった。振り返った顔は不機嫌極まりない。

「……それは、嫌味か?」
「ううん、お祝いの言葉だよ?」
「悪いけど、そうは聞こえない。……ったく、こっちはウンザリしてんだ」

佐伯くんは首筋をさすりながらハア、と大きくため息をついた。わたしは訊ね返した。

「ウンザリ?」
「ウンザリだよ。一位取った途端、会う人間、会う人間から『おめでとう〜』攻撃を受けて、そのたびに愛想振りまいて……正直、今じゃ『おめでとう』って言われるだけで腹が立つ」
「そうだったんだ……」

佐伯くんはすっかりお疲れモードだ。その気持ちは分からなくもないけど、でも、少しあんまりな言い方な気もする。だって、『おめでとう』って佐伯くんに言う子たちは純粋な好意から言っていたのだろうし。
少し釈然としないものは残ったけど、今は話題を変えた方がいいと思った。そういえば、と思い出す。

「ねえ、佐伯くん」
「何だよ?」

ガシガシ、床にモップをかけながら佐伯くんは返事をした。

「女の子で一位だった子……ええと、“ミス・羽学”の子、すごくかわいかったね」
「…………そーだな」

ちくり。
――あれ?
何だろう、今の。変な感じ。ふるふる、とかぶりを振る。会話の間が空かないように言葉を続ける。

「ね。かわいいし、スタイルもいいし、性格も良さそうで、すっごくパーフェクトな人だよね? みんな納得の一位だったなあ……」
「そうかもな」

ちくちく。
あれれ、何だろう? 胸の辺りが痛い、ような?
――何だろう?

「あ、あのね、佐伯くん」

変に胸が痛んだせいかもしれない。
『みんな二人のこと、お似合いだって言ってるよ』
という台詞は続けられなかった。

急に黙り込んでしまったわたしを変に思ったのか、佐伯くんが訝しげな顔で振り向いた。

「何だよ?」
「……何でもない」
「……何だよ?」
「何でもないったら!」

思いのほか、強い口調になってしまった。ハッとして佐伯くんの顔を見上げたら、佐伯くんは難しい顔をして黙り込んでいた。

「……ヘンな奴」

ぼそり、佐伯くんが低い声で呟いた。その通りだと思う。本当にヘンだ、わたし。これじゃあ、まるで怒ってるみたい。――けれど、何に?


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