好きで、好きで、


子どもの頃に一度だけ出会った人魚は小さな女の子で、道に迷って一人砂浜で静かに涙をこぼしていた。あれから、十数年。何の因果か、偶然に偶然が重なって再会を果たした人魚は、年相応に変貌を果たして同じ年ごろの女子高生に成長していた。記憶の中の女の子と並べて比較してみるに、どうしてこんなボンヤリに育ったかな……と首を傾げたくなるものの、あかりはあの夕暮れの浜辺で出会った俺の人魚だった。それは間違いようもなく。

十数年。それなりに長い期間。まして、子どもにとっての十年というのは特別なものだ。俺もいろいろあったし、あかりだって、きっとそれは同じだろう。俺の場合いろいろあった末、ちょっといやかなり捻くれてしまったけれど、あかりの場合はどうだったんだろう? あかりとはあの時たった一度しか会ったことがなくて、お互いのことを知る余裕なんてなかった。けど、これから知っていけばいいんだ、と思う。3年間、高校にいる間は一緒だろうから。

そうして、毎日過ごすにつれ、新たに分かり始めることばかりで驚いてしまう。思いのほか、ボンヤリなこと。ボンヤリに見えて、案外、活発なとこもあること。ノリがいいこと。結構、周りに気配り出来ること。かと思えば、どうしてそんなボケを……と思うようなボケをかますからやっぱりボンヤリなこと、それから――音楽が好きなこと。





学校からの帰り道、あかりと他愛ない話をしながら歩いている。「そういえば」とあかりが何か思い出したように話しかけてきた。

「瑛くん、来月の日曜日、暇な日ってあるかな?」
「来月?」
「よかったら、一緒にイベントホールに行かない?」
「イベントホール? あれ、来月って何やってるんだっけ?」
「クラシックの演奏会なんだけど……」

どうかな? と言う風に小首を傾げるあかり。なるほど、と頷く。

「いいよ。付き合う。あーっと、第二日曜日だと、こっちの都合が合う」
「わかった。じゃあ、第二日曜日ね」
「ああ」

嬉しそうに予定を携帯に書きこむ姿を見ていたら、釣られてこっちまで嬉しくなる始末。顔が自然とにやけてしまって少し気恥ずかしい。クラシックはそんなに嫌いじゃないし、あと、単純に会えるのが嬉しいというのも、まあ、理由に含まれない訳じゃない。





あかりは音楽が好きだ。高校に入る前からずっと吹奏楽部に所属していたらしい。楽器はフルート。よく校庭の隅とか、中庭で部活のメンバーと一緒に練習しているのを見かける。そういう姿を見かけるたび、声こそかけないものの、がんばっているんだなって感心していた。

真面目な吹奏楽部員で、熱心なクラシック愛好家かというと、そういう訳でもないらしかった。カラオケも好きらしくて、友達とよく行くらしい。俺は誘われても行かないけど。流行りの曲も歌うし、聴くのも好きらしい。針谷のギターに関心を寄せて、二人して盛り上がっていたこともあったし、いつか、店で流れている曲をじいちゃんに訊ねていたこともあった。つまり、まあ、音楽全般が好きなんだろう。

例えば、あかりはよく歌を歌う。本人は自覚してるのかしていないのか。鼻歌程度のこともあれば、今みたいに何かメロディを口ずさんでいることもある。はっきり歌っているときもある。とてもじゃないけど、俺には出来ない芸当。能天気そうな歌声が耳をくすぐるようで、少しこそばゆい。指摘はしない。鈴を転がすようなメロディが耳に心地いいことには変わりなかったので。音がやんでしまうのは惜しい気がした。そういえば、どこかの人魚も歌が得意だったな、と思いだす。なるほど。妙なところで符号が一致して納得してしまう。

ふと、隣りから聞こえてくるメロディが止んでいた。あかりが不思議そうに見つめている。

「なんだよ」
「瑛くん……機嫌よさそうだね?」

あくまで、きょとんとした顔。自分が何を聞いてるのか自覚してなんかいないんだろう。デートの約束を交わして、その結果、上機嫌になっている。つまり、そういうことであって、そういうことをちゃんと理解して、あかりがそういう質問をしているんだとしたら、相当だ。相当な、確信犯だ。
ま、そういうことは、ないんだろうけど。無自覚なんだろうけど。
そういう訳で、投げかけられた台詞を否定したりしないでおくことにした。余計なことも口にしないけど。

「まあな」

あかりは何度か瞬きをした後、笑った。「そっか」何だか嬉しそうに頷いている。……まさか確信犯だったとは思いたくはない。こいつへの評価を上書きする必要があるのだろうか。そうだとしても、そんなことは日常茶飯事だ。あかりについて、新しい何かを知ること。


子どもの頃、たった一度だけ出会った人魚。お互いを知り合う暇もないまま約束だけ交わして、そのまま何年も離れ離れ。交わした約束のことさえ忘れていた頃になって再び目の前に姿を現した人魚は同い年の女子高生に成長していて、毎日、お互いについて新たなことが分かっていく。
一日一日、俺たちは互いのことを知り合って、離れていた月日の隙間を埋めていく。
そうして分かってきたこと。砂浜で一人静かに涙をこぼしていたかわいそうな人魚は、案外ボンヤリだということ。ボンヤリと思いきや、結構周囲に気配りできるということ。しっかりしてると見せかけて、やっぱりとんでもないところで凡ミスをかますこと。そんなところが、かわいくなくもないということ。本当の俺を見ていてくれるたった一人だということ、一緒にいないと物足りない気がすること、思いのほか、好きだということ。きっと出会った頃よりもずっと、会えなかった時間の分だけ、尚更に。




好きで、好きで、


[title by 確かに恋だった 様]
[4600hit thanks! / 2011.02.24]


*吹奏楽部デイジーと(デイジーにゾッコンな)瑛くん。
*せっかくの吹奏楽部設定を活かせていなくて本当にごめんなさい;;
*カウンター4600番を踏んでくれた千谷野さんへ捧げます。リクエストありがとうございました!



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