チョコレイト戦争 #5


西本に教えられた通りの場所に来てみたら、これだ。
最初、遠目にあかりと針谷、志波の姿が見えた。しかもあかりは手にチョコを持っていて、まさかそういうことか、と頭の芯が冷えた。そういうことだとしたら俺は首を突っ込むべきじゃない。だって他人事だ。他人の恋愛事情に口を挟むなんて野暮じゃないか。だから、見た瞬間引き返そうと思った。……見た瞬間は。
踵を返そうとして、足を引きもどしながら、段々腹が立ってきた。去年のホワイトデー、バレンタイン、そこに至るまでのあれこれの経緯。それから、今年一年のあれこれ。あれもこれもなし、ということか。なかったことになるのか。してしまうのか。距離が縮まったと思ったのは俺だけか。
それは幾ら何でもあんまりだろう。
そう思ったら、足を前に進めていた。
そうして聞こえてきたのは『佐伯くん、すっごくお菓子作りが上手なんだもん……!』というあかりの悲鳴じみた叫びだった。正直な話、話の流れがつかめない。

「やあ、海野さん」

とりあえず、優等生モードで声をかける。あかりの顔は心なしか引きつっている。

「ちょっと、いいかな?」
「…………はい」

長い間があったものの、あかりは頷いた。とぼとぼという擬音がよく似合う後ろ姿にデカイ声がぶつかる。

「しっかりやれよ、あかりー!」

――しっかりって何だ。つか何でおまえが訳知り顔であかりに発破をかけてるんだ。ニヤニヤ顔の針谷を睨みつけたくなった。けれど、

「やめてよ、ハリー!」

針谷に応援された途端、息を飲んで顔を夕日よりも真っ赤にさせたあかりに免じて、何もかもに目を瞑ることにした。あのあかりがこんな表情をするのは、本当に珍しかったので。





場所は屋上。例によって例のごとく。
放課後で、もういい加減粗方の生徒たちは帰宅済みで、屋上に人影はない。あかりは緊張した面持ちでこっちを見上げている。「で?」と訊いてみる。

「さっき叫んでた台詞はどういうつもりで言ったんだ?」
「さ、さっきって?」

あさっての方向を見て空とぼけようとするあかり。相変わらず嘘が下手で分かりやすい。

「俺が『菓子作りが上手い』とか言ってたろ。どういう話の流れでそういう話になったのかって聞いてんの」
「それは……」

あかりは胸元に抱えた小箱を両手で強く握りしめる。どうでもいいけど(いや、よくはないけど)、多分それはチョコの箱。しかも手作り。誰に渡すつもりで作ったのか気になって仕方がない。
視線に気づいたのか、あかりも自分の手元の小箱に視線を落とす。

「…………これね、手作りチョコなんだ」
「へえ」
「佐伯くんに渡そうと思ったの」
「ああ、そう……」
「でも、渡せないと思ったの」
「……何で?」
「去年のホワイトデーに佐伯くんからもらったクッキー、すごくおいしかった」

あかりがずっと伏せていた目を上げた。

「すごくおいしかったの。まるでプロみたいだった。…………だから、このチョコは渡せないって思った」

ふざけているのかと思ったけど、あかりの目は大まじめだった。バカだなあと思った。実際に口に出して言った。

「バカだな、おまえ」
「え?」

軽く頭にチョップした。これで目が冷めればいい。

「痛っ!」
「あかり」

頭を押さえているあかりに言った。赤面ものの台詞だ。

「それ、ほしいんだけど」

言い訳がましく「でも、これ失敗チョコだよ?」と言う頭にもう一度チョップしてやった。

「失敗でもなんでもいいんだ。おまえがくれるんなら」

あかりは何度か瞬きをして呆けた顔をしている。

「えっ、佐伯くん、それって……」
「あー、もう! 恥かしいから、さっさと寄越せよ! 俺に渡すつもりで作ったんだろ?!」
「う、うん」

こくこくと頷いて、「じゃあ」とあかりはチョコを差し出した。

「どうぞ」
「どうも」

有り難く受け取っておく。ようやく胸の重い塊が消えた気がした。
製法の過程で盛大に焦がしてしまったらしいあかりの手作りチョコは口に入れたら、涙が出そうなほど苦かった。けれど、どこもかしこも甘ったるい匂いに包まれる今日みたいな日にはむしろちょうどいい……とは、流石に思わない。でも、口に入れたら胸の奥がひどく甘くなった。本音を言えば、どんなチョコでもいいんだ。好きな子にもらえるなら。言えば、いろいろと角が出るだろうから、そこまでは言わないけど。

代わりに、心配げに見つめる物言わぬ瞳を見つめ返して言ってやった。

「うまい……とは言えないけど」
「そうだよね……」
「でも嬉しいよ。それは本当だから」
「佐伯くん……」
「あとできっちりチョコの作り方教えてやる」
「えっ」
「で、来年まで修行しておくこと。来年またチェックしてやるから」
「さ、佐伯くん、それって……」

顔を夕日色に染めて訊ね返すあかりの口を封じるために、もらったチョコを差し入れた。「にがーい!」と悲鳴を上げてるけど、それ、おまえが作ったんだからな。その味を覚えておくといい。俺は忘れない。というか、忘れがたい。忘れがたいほどインパクトがある味だとも言える。
去年は決して固まらない液体チョコだった。今年は苦すぎるチョコ。来年はどうなるだろう? 今から楽しみだったりする。来年の今日のことを考えて、俺は笑った。きっと鬼も笑っているに違いない。




2011.02.14
*(こんなんですが)ハッピーバレンタイン!
*最後までお付き合いサンクスでした!


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