チョコレイト戦争 #3
――どうすんだ、このチョコ……。
抱えたチョコを見つめ途方に暮れてしまう。しかし受け取らない訳にはいかないし、受け取ったからには持ち帰らざるを得ない。持ち帰れるのかな、これ全部……。高校に入って二年目のバレンタイン。何か……今年は去年より多い気がする。記録更新か。嬉しいのか嬉しくないかと言えば、それはまあ、複雑な訳で。
「うわー」
廊下を往復した分、新たに渡されたチョコを抱えて歩いていたら、背中に妙な歓声が聞こえた。感心と感嘆と呆れが混じったような声。少し聞きおぼえがある。バイト仲間とよく一緒にいることが多い声だ。確か、
「やあ、西本さん」
振り返って挨拶をする。一応、建前の顔をこさえて。西本は大きな目を殊更大きく見開いて俺の手元を凝視している。
「えっらいたくさんもらったんやねえ」
「そんなことないよ」
「いやいやいや、そんなことあるやろ。バレンタインにそんだけチョコ抱えてる人間はじめて見たわ。まるで漫画やん」
否定はしない。幾らなんでももらいすぎている。一月後のことを考えると今から頭が痛い。去年もひどく苦労した。けれど、去年と今年では違っていることもある訳で。いつ終わるか分からないホワイトデーの菓子を焼きながら、それでも去年はそんなに辛くはなかった。理由はまあ、明々白々で、去年に比べ今年は欠いている要因。そういえば、西本はあいつの友達だったな、と改めて思い出す。
「さっすが、プリンスやねえ」とため息交じりに呟いている西本にそれとなく聞いてみた。
「西本さん」
「ん?」
「その、海野さんを見なかったかな? 少し用事があって……」
「あかり? 用事? 代わりに聞いてもええよ?」
「いや、直接会って話したいことだから」
「ふうん、そうなん?」
そうして西本は一度丸い目をくるりと階段の方へ向けて言った。
「あの子なら、さっきそこで見たけどなあ」
「へっ?」
○
「あかり?」
わたしが志波くんの広い背中の後ろで体を小さくしていると、頭上から声が降ってきた。西本さんだ。
「あんた、何しとるん?」
階段を下り終えると、西本さんは大きな目をきょとんとさせてわたしを見つめた。西本さんの問いかけに、わたしは内心で頷きを返す。――うん、ほんと何をやってるんだろう、わたし……。
「あのね、ちょっと複雑な事情がありまして……」
「そうなん?」
西本さんは不思議そうな顔でわたしを見つめる。佐伯くんを追う女の子たちの声もすっかり遠ざかったみたい。立ち上がって志波くんにお礼を言う。なぜだか朝から佐伯くんの顔を見られなくて、隠れて回ってしまっている。理由は……自分でもよく分からないから、説明しにくい。強いて言えば失敗チョコが理由なのかもしれないけど、でも、それだけじゃないような気がしている。いま口を開けばあやふやな説明しかできないと思う。話を逸らしたくて西本さんに自分から訊ねてみた。
「西本さんはどうしたの?」
「あ、あたし?」
すると、西本さんは傍から見て分かるくらい頬を赤くしてしまった。頬がリップの色よりもピンク色に染まってかわいい。
「いや、あの、あたしは、大した用やないんやけど……!」
見ると、ぶんぶんと体の前で振る手にはかわいらしい紙袋が。もしかして、チョコかな?
「その、その、な?」
「うん?」
「…………ハリー、見ぃひんかった?」
「え?」
いつもに比べてすごく小さな声。思わず訊き返してしまった。
頭の後ろから声が振ってきた。志波くんだ。
「針谷なら見てないが」
「あっ、そうなん……」
途端、意気消沈したようにシュンとしてしまう西本さん。
「西本さん?」
「……あーもう! どこ行ってんのや、あいつ!」
うなだれていた顔を上げると、西本さんは元気よく叫んだ。
「ゼッタイ見つけてやるから、首洗って待っててやハリー!」
「に、西本さん?」
「あかり! 悪いけど、あたしもう行くな? あとで悩み聞かせてや!」
「うん、ありがとう」
駆けだした西本さんに手を振る。思いついて付け加える。
「西本さーん」
「何やー?」
「ハリー、見かけたら、教えるねー?」
「えっ? いやっ! いい! 自分で探すから! 心配せんでええから!」
西本さんは顔を真っ赤にして首をぶんぶん振っている。どうしたんだろう? そんなに慌てることなのかな?
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2011.02.14
(*関西弁が分からなくて、すみません。もう少し続きます)
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