チョコレイト戦争 #2


知らなかった、チョコがこんなに苦いなんて。今年の発見。まるで苦虫を噛み潰したような味のチョコ。街中がチョコレートの甘い香りに染まる二月某日、わたしは朝から苦々しい思いで完成したチョコを見つめている。
去年は、どんなに冷やしても冷凍庫に入れても決して固まらない不思議なチョコレートを発明してしまった。今年は苦虫のようなチョコ。

「どうしよう……」

呟いたら、お隣の遊くんが心配そうにわたしを見つめた。

「お姉ちゃん……大丈夫?」

夜遅くまでわたしのチョコづくりを手伝ってくれた遊くんに申し訳なくて、わたしは心配そうな顔に向かって微笑みかけた。

「大丈夫。ごめんね、遅くまで手伝わせちゃって」
「それは別にいいんだけど……明日、がんばってね?」
「うん……」

がんばる。でも、あの人は受け取ってくれるのかな。
不安と一緒に迎えた当日。わたしは朝から気が気じゃない。こんな不可解な出来のチョコを果たして渡して良いのか、ダメなのか。普通に考えたらダメだよね。だって、相手はお菓子作りの達じ……。

「あっ、佐伯くーん!」
「や、やあ!」

聞き覚えのある声が聞こえて、わたしは息を飲んだ。咄嗟に空き教室に飛び込む。プリンスの周りに集まる女の子たちの声が通り過ぎていくのを息をひそめて待つ。……待つ。ようやく静かになって、立ち上がって息をつく。

「かくれんぼですか?」
「……っきゃあ!」

突然後ろから声をかけられて悲鳴を上げてしまった。若王子先生だ。先生はわたしの悲鳴に「やや、ビックリ」と体を少しのけ反らせる。「ごめんなさい」と頭を下げる。先生はにっこり笑って首を横に振る。

「いえ、先生も驚かせてすみませんでした」

それから、「バレンタインですね」と廊下の奥を見つめて言う。わたしも釣られて振り返る。廊下のあちこちで、男の子と女の子が向きあったり、あるいは複数に囲まれたり、何かと騒がしい様子。「そうですね」とわたしも頷く。

「先生はもらったりしないんですか?」と訊ねてみたら、先生は少しさみしそうな顔をして言った。
「先生は教頭先生に“生徒からのチョコレートは受け取らないように”と強く注意されているんです」
「そうなんですね」
「でも、義理チョコならオッケーらしいです」
「あ、そうなんですね」
「ええ、そうらしいです」
「…………」
「…………」
「…………?」
「……いえ、なんでもありません」

――先生?
心なしかさみしげに肩を落として去っていく先生の後ろ姿を見つめた。先生も大変だなあ。
そうして今日一日受難の人となることが確実な学園のプリンスの顔を思い出して、ため息をついた。たくさんもらうんだろうなあ、チョコ。
とぼとぼ教室に引き返そうとしたわたしの横を何人かの女子が通り過ぎていく。

「ねえねえ、佐伯くん、どこー?」
「さっき、あっちにいたよ?」
「ほんと? あ、ほんとだ! 佐伯くーん」

――え、佐伯くん? 嘘こっちに来る?!
このまま進んだらはち会ってしまう。慌てて、踵を返して廊下の踊り場に転がり込んだ。

「……ん?」
「きゃっ!?」

前を碌に見ないで走ったせいで誰かとぶつかってしまう。

「ごめんなさい……!」
「いや……」

結構な勢いでぶつかったのに、相手はビクともしない。それどころか、わたしが弾き飛ばされないように片手で支えてくれていた。見上げた顔には見覚えがある。

「志波くん?」
「……海野」

背の高い、浅黒い肌に落ち着いた声。そのせいか、大人っぽく見えるけど、同級生の志波くん。スポーツが得意なせいか、急にぶつかってきたわたしにも動じていないみたい。

「ごめんね、志波くん……急にぶつかっちゃって」
「いや、いい。……怪我はないか?」
「ううん、大丈夫だよ」

かぶりを振る。支えてくれたおかげで転ばなかったし。

「随分、慌ててたな」
「え?」
「佐伯くーん!」
「っ!?」

また女の子たちの声が聞こえてきて、わたしは咄嗟に志波くんの広い背中の後ろに隠れてしまう。

「おい、海野……」と不思議そうにわたしを見下ろす志波くんに、人差し指を口元にあてる仕草をして見せた。お願い、今だけ隠れさせてください。わたしのその仕草に何事かを了解してくれたのか、志波くんは小さく頷いて黙って何事もないフリをしてくれた。廊下をバタバタと人が通り過ぎていく。人の気配が消えてから、ようやく一安心して胸をなでおろす。背中を貸してくれた志波くんの声が上から降ってくる。

「大変そうだな、海野」
「…………う、うん」

どちらかというと自分で墓穴を掘っている気もしなくもない。一体何をしてるんだろう、わたし。懐に隠し持った失敗チョコを手にため息をついた。どうしようかな、このチョコ……。



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2011.02.11
(*VDカウントダウン二日目。キャラが増えてきて四苦八苦)

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