ある日恐竜が復活してこの街とか色々全部ぐちゃぐちゃにして最終的に何にもなくなったら、あたしたち最初っからやり直せるかな


ゆうべ、おかしな夢を見た。
わたしは一人で浜辺を歩いている。場所は多分、羽ヶ崎の海岸。
辺りには人一人いない。空は藍色をしていて、月と星が非現実的なくらい白く冷たく光っている。綺麗だけど、さみしい光景。誰もいないせいか、見慣れているはずの海なのに、全然知らない場所みたいに感じた。
砂浜、それから岩場を歩き回りながら、わたしは何かを探している。何を探しているのか、分からないけど、何かを探している。それだけは分かる。

そうして岩場の影に、それを見つけた。
大きな卵。わたしの頭ほどの大きさの卵。
――恐竜の卵だ。





「変な夢」

目が覚めてすぐに呟いた台詞。――変な夢。恐竜だって。けど、何でこんな夢を見たんだろう、という疑問は湧かない。きっと昨日、佐伯くんと恐竜展に行ったせいだ。こんな夢を見たのは。

昨日、佐伯くんと二人で博物館に行った。ちょうど恐竜展の期間中で、いつもと違う館内の展示を見て回った。
天井に届きそうなほど大きな恐竜の骨も興味深かったけど、わたしには佐伯くんの反応の方が興味深かった。恐竜を横目に佐伯くんの顔をこっそりと覗きこむ。佐伯くんはまるで小さな子どもみたいに目をキラキラと輝かせて恐竜を見上げていた。何だか微笑ましくなってしまった。

「ティラノサウルスはいいな」佐伯くんがぼそりと呟く。「王者って感じがする」

わたしは視線を佐伯くんの顔からティラノサウルスに移してみた。本当に大きい。けど、向こうのプテラノンドンも気になる。「こっちのプテラノドンもかわいいよ」広げた羽がとぼけた感じでかわいい。

「ああ、翼竜の王者かもな、プテラノドンは」と佐伯くんが頷く。「かわいいかどうかは置いといて」と付け加えられてしまう。そうかなあ、かわいいと思うんだけどなあ。

それから、改めてティラノサウルスを見上げた。本当に大きい。こんなに大きな生き物が同じ地上にいたなんて、ちょっと信じがたい。想像してみる。ある日恐竜が復活してわたしたちの街に現れたら…………きっと大混乱。だってこんなに大きいんだから、普通に街を歩くだけでも大騒動だ。

そうやって、ヘンな想像をしたせいかもしれない。その日、恐竜展から帰った夜、おかしな夢を見た。海の岩場で恐竜の卵をひろう夢。

「……変なの」

もう一度、呟いてベッドから起き上がる。日曜日は昨日のこと。今日は月曜日。切り替えて、早く学校に行かなくちゃ。





ゆうべ見た、おかしな夢の話の続き。
ひろった卵をわたしはそっと持ち上げてみた。岩場にぽつんと一つだけ置かれた卵はなんだか、寒そうだったので。さみしそうだったので。
卵は見た目ほど重くはなかった。落とさないよう注意深く持ち上げて砂浜に運んだ。座りやすそうな流木を見つけて、その上に座る。――さて、これからどうしようかな。卵を膝の上に乗せたまま、思案する。取りあえず、卵なんだから、温めなくちゃいけないのかな、と夢の中のわたしは考えている。夢の中の思考回路は不思議なことになっている。卵を抱きかかえるようにして、広がる海を眺め続けた。静かな海鳴りが辺りに響いていた。





学校へ向かう途中の通学路で佐伯くんの背中を見つけた。声をかけてみる。

「佐伯くん!」呼ぶと、佐伯くんは少し不機嫌そうに眉を顰めて振り返る。「おはよう」とわたしは言う。

「おはよう。朝から元気すぎなんだよ、おまえは……」呆れ混じりの声で佐伯くんは答える。いつもの佐伯くんだ。なぜだか嬉しくなる。

「昨日は楽しかったね」
「……まあな」

それから、付け加えるようにして佐伯くんが言った。少し茶化すような冗談めかした言い方で。

「ちゃんと“本番”に活かせよ?」

佐伯くんの台詞に「うん」と答えながら、わたしは自分の胸の奥、見えない部分が音を立ててきしむのを感じる。それはわたしの胸の中でだけ聞こえる音だ。実際に辺りに響くのは、海から届く海鳴りの音。





また夢の話。
波の音に耳を傾けるうちに、夜が明け空に太陽が昇り、やがてまた日が暮れる。オレンジ色の光の中、抱え込んだ卵が微かに動いたのを感じた。ぱきり、と音を立てて卵が内側から割れた。





日曜日に一緒に恐竜展に行った帰り、佐伯くんに話しを聞いてもらった。いつものように海沿いの道から降りて浜辺を一緒に歩く。歩きながら話を聞いてもらう。取りとめのない話を。

「男女の友情ってあると思う?」
「なんだよ、今さら」
「うん、ちょっと、考えちゃって」
「つまんないこと聞くなよ。無きゃ困るだろ、そう信じなきゃ、俺たち……」

波の音に佐伯くんの声がかき消される。佐伯くんが辛そうに目を伏せた。また胸の奥がきしむ音が聞こえる。

――わたしたちは友達だ。友達でいてほしいとわたしが彼に言ったから。

佐伯くんと友達でいたいと思った。けれど、言ってしまってから、違和感に気づいた。あの日、夕暮の浜辺で「友達でいよう」と彼に伝えたときから、違和感を感じるたび、胸の奥がきしむ音が聞こえる。





卵から顔を出したのは、恐竜の赤ちゃんだった。恐竜の赤ちゃんは、いつか動物園で見たペンギンに少しだけ似ていた。黒いつぶらな目がかわいい。

「お腹すいた?」

流木の陰に生えていた草を差し出してみる。恐竜の赤ちゃんはそれを食べた。もっとないかな……と辺りを探してみる。残念なことに砂浜にはあまり草は生えていない。恐竜の子が心なしか物欲しげな目でわたしを見つめる。何とかしなくちゃ、と思った。ええと、これはわたしの夢の中なんだから……。
目を閉じてたくさんの草を頭に思い描いてみる。
目を開ける。目の前に、青々とした草の山が出来あがっている。何度も言うようだけど、夢の世界の仕組みって不思議だ。何でもありという感じ。
草の山を見て、恐竜の赤ちゃんが嬉しそうな鳴き声を上げる。――たくさん食べて大きくなるんだよ。そんな呑気なことを夢の中のわたしは考えている。





学校からの帰り道、辺りが夕日に染まる中、海沿いの道を歩いていたら、昨夜見た夢を思い出してしまった。恐竜の赤ちゃんがもりもり草を食べるのを見ていたら、だんだん眠くなって、眠ってしまったんだっけ。夢の中で眠るなんてヘンなの。そうして、夢の中で目が覚めると、赤ちゃんが赤ちゃんじゃなくなっていた。

「大きくなったねえ」

すっかり大恐竜に成長した“元・恐竜の赤ちゃん”を見上げて、わたしは声を上げる。元・赤ちゃんがそれに答えるようにして声を上げる。辺りに響くような大きな鳴き声だ。





「何、ボーっとしてんだ」

こつん、と頭に何か当たる感触。振り返ると、手をチョップの形にして掲げている佐伯くんがいた。いつの間に……、と思うけど、それはわたしがボーっとしてた間に、ということなんだと思う。ボーっとしてる自覚はなかったけど。

「佐伯くん、今、帰り?」
「そう」

佐伯くんがわたしの隣りに並ぶ。ガードレールに背を預けて、「で? 何してんだ? こんなとこで」と改めて訊く。わたしは視線をもう一度浜辺に移した。そこに恐竜の赤ちゃんの姿はない。もちろん。だって、あれは夢の中の話だ。

「……考えてたの」
「……何を?」
「恐竜のこと」
「……は?」

佐伯くんが怪訝な顔をしてわたしを見つめるのを横顔に感じた。けれど、わたしは視線を浜辺から外せないでいる。





「大きくなったねえ」とすっかり大きくなった恐竜の赤ちゃんに言いながら、わたしは夢の中で別のことを考えている。昼間、博物館で恐竜の骨を見ながら思ったこと。





「本当に、恐竜がいたらいいのにって思った」

怪訝そうな顔をして、わたしを見つめる佐伯くんから視線を逸らしながら、わたしは呟いた。それは昨日、佐伯くんと恐竜展を見学しながら思ったことだ。ある日、恐竜が復活したら、きっと街は大混乱だ。ううん、大混乱なんかじゃ、済まない。よくある恐竜映画みたいに、きっと全部めちゃくちゃになってしまう。けど、

「そうなってくれたらいいのにって思ったの」

佐伯くんは「ああ、そう……」と呟く。海鳴りの音がうるさいくらいに辺りに響く。





すっかり大きくなった恐竜の赤ちゃんが、黒い大きなつぶらな瞳でわたしを見つめる。わたしには分かっている。この子はわたしのことが大好きなんだ。初めて出会ったときから。だから、わたしがお願いしたら、きっと何でも言うことを訊いてくれる。――例えば、わたしが博物館で考えてしまった酷いことも。





「ま、分からなくもないけどな」と佐伯くんが言う。わたしは驚いて、佐伯くんの顔を見つめ返してしまった。佐伯くんは誰もいない浜辺に目を向けながら言う。

「俺も恐竜が好きだし、そういうのは、分からなくもない」

あ、恐竜の話か、と内心で納得する。そうだよね、と頷く。わたしが密かに思い描いたことは伝わっていないらしい。伝わってなくて、よかったと思う。
わたしが望んでいるのは、恐竜が復活して街をめちゃくちゃにしてくれることだ。全部めちゃくちゃになって、そうして何もなくなったら、また一からやり直せるんじゃないかって。こんがらがってしまった関係の何もかもを。

――でも、そんなこと望んだらダメだ。





「ごめんね」

大きくなった恐竜の子に額をくっつけて囁く。酷いこと、願ってごめんね。恐竜の子が鼻先をすりつけてきた。顔を上げる。優しい目をしていた。

「じゃあね」

そう言って恐竜の子とお別れした。海に帰っていく恐竜の子を見つめながら思った。海の向こうに仲間がいるといいね。一人じゃなければいい。さみしくなければいい。友達がいてくれればって。わたしなんかじゃない、もっと他の友達が見つかるといいねって。





「分かっちゃ、ダメだよ、佐伯くん……」

こんな酷いこと願ってるんだから。分かっちゃ、ダメだよ。鼻の奥がツンとする。目の奥が熱くなる。

「……分かった」

佐伯くんがため息と一緒に吐き出すみたいに言った。ぽん、と俯いたわたしの頭に手のひらを乗せる。

「おまえ、今すごく落ち込んでるんだな」

そう言って仕方なさそうに笑った。優しい目をしていた。佐伯くんの輪郭が夕焼け色に染まっている。

「よし、コーヒーおごってやるから元気出せ」

わたしは、すん、と鼻をすすって答える。

「……いつものお店のひどいコーヒー?」

佐伯くんは少し考えるような素振りをしてから言った。

「いや、珊瑚礁ブレンド」

“友達”の佐伯くんは優しい。優しすぎて胸が痛いくらい。親身になって相談に乗ってくれる。心配してくれる。すごく優しい。けれど、今はこの距離が辛い。出会ったばかりの頃の、喧嘩ばかりしてた頃が懐かしい。だって、あの頃はまだこんな風にどうしようもない壁なんかなかった。友達という線は引かれていなかった。出来ることなら、一番最初の頃に戻って、初めからやり直したいって、このところずっとそう考えてた。

ぐずぐずしているわたしに、佐伯くんが「行くぞ」と言った。「うん」答えながら、彼の後を追う。もう一度だけ、浜辺を振り返った。そこに恐竜の子はいない。あの子は海に帰って行ったのだし、それにそもそも、夢の話だ。

でも、会えなくてさみしいと思う。そのときになってようやく気付いた。わたしもあの子のことが大好きになっていたんだって。海辺で見つけて、初めて会ったときから、ずっと。今さら気づいても仕方のないことだったけれど。



[title:にやり様]2011.03.10
*タイトルにひとめぼれでした
*あまり一般向けのお話じゃないって自覚しながらup
*image: 相対性理論♪小学館・スマトラ警備隊

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