どうしても君のうなじに目がいくんですごめんなさい


「どうしたんだ、それ?」

あかりの首筋に赤い斑点。どうしたんだと思って指摘した。指摘してから、自分の迂闊さに気づいて肝が冷えた。

「それって?」

きょとんとした顔で俺を見上げるあかり。「いや、なんでも……」口ごもったら、いぶかしげに小首を傾げた。首筋にかかる髪が後ろに流れて、赤い点が更によく見えるようになった。白い肌に、ぽつんと色づいた点は何かを連想させて酷く目に毒だった。

「……首、赤くなってる」
「首?」

むしろ指摘した俺の顔の方が赤くなってるんじゃないかと思いながら白状した。
「どこ?」と訊く天然ボンヤリの赤くなった首元を指さす。
「それ、そこ」
「どこ? わかんないよ?」

いっそのこと直接指さしてやろうかと思った。けど、触れる気になれない。触れていいとも思えなかった。

「鏡で確認すればいいだろ」
「あ、そっか」

あかりは制服のポケットから手鏡を出して確認している。「見えにくいなあ……」不満げな声。そうですか。呑気なもんだなあと思ってしまう。そんな点をこしらえておいて。

「あ、これ?」と自分で指さす。
「そう、それ」と頷く。
「そっか、あとでムヒ塗らなきゃ……」そんなことを呟いている。
「は? ムヒ? なんで?」
「なんでって……虫さされにはムヒでしょ?」

きょとんとした顔でそう返すあかり。
ちょっと待て……。

「それ、虫さされなのか?」
「そうでしょ」

――どうしてそんなに驚いているの、というあかりの顔。……なんか、気が抜けた。嘘を言ってる顔には見えない。そういう誤魔化しが出来るような器用な奴じゃないということは知っていたので。

「かゆいと思ってたんだ。やっぱ刺されてたんだね」とか言っているあかりの頭にチョップしてやりたい。けど、それ以上に妙に気分が浮き立っていた。重い枷が取れたみたいに。誤解で良かった、そんなことを思っていた。





そういう訳で、今回もからかいの種を見つけたと思った。バイトが終わってあかりを家まで送っていく途中、海沿いの道を並んで歩いて他愛もない話をしていたら、またあかりのうなじに目がいった。そこに以前と同じものを見つけて、思わず小さく笑ってしまった。笑いながら、指摘する。

「おまえ、また首赤くなってるぞ」

――また虫さされかよ、そう続ける言葉は思わず飲み込んでしまった。

「えっ」

――あ。

あかりの顔が夕日より赤く染まった。慌てたように首筋を抑え、目を伏せた。それでもう、いろいろなことが分かった。分かってしまった。

言わなければよかった。見なければよかった。気づきたくなかった。知りたくなかった、こんなこと。あかりの首筋に誰かが口づける映像が頭に浮かびそうになって、そんなもの見たくない、と目蓋を閉じた。視界が真っ暗になる。目蓋を持ち上げる。まだ恥かしそうに顔を俯かせているあかりが見えた。精一杯の虚勢と一緒に言葉を吐く。

「その……気をつけろよ」
「うん……」
「帰ったら、ちゃんとムヒ塗るように」
「…………うん」

気まずい沈黙が流れる。あかりと夕焼けと海。好きなものに囲まれているのに、気が晴れない。晴れそうにない。当分。まるで砂を飲み込んだように、体の内側がきしんだ。手遅れになるくらいなら自分で、と思った。何をバカなことを、と打ち消した。




「佐伯くん佐伯くん」
「なに」
「これ、虫さされじゃないんだ」

あかりが恥かしそうに言った。まだ赤い。夕日の下でも分かるくらいには、まだ赤い顔。

「…………そうじゃないかって思ってたよ」
「えっ」

驚いた様に目を見張るあかり。気づかれてないと思っていたのか。流石天然もの。

「知ってたの?」
「うん、まあ、そうじゃないかって思ってたというか……詳しいことは知らないけど」
「そっか。そうなんだ……」

詳しいことは出来ればこれからも知りたくないけれど。

「気づかれてたなんて、恥かしいなあ……」
「それはまあ、そうだろうけど……」

どっちの台詞も語尾が曖昧に消えていく。「あのね」とあかりが口を開いた。

「やけどなの」
「……は?」

――やけど? どこがやけどだって? 思わず思ったことをそのまま口にしていた。

「どこがやけどだって?」
「え? だから、首の赤いとこだけど……」
「それ、やけどなのか?!」

――なんだよ、もう……へなへなと脱力した俺をあかりは驚いた顔で見つめ「じゃあ、何だと思ってたの?」と訊く。それは実質的な誘導尋問に近い。乗るつもりはないけど。

「だから、虫さされ」
「そうなの?」と首を傾げるあかり。矛盾点に気づかれないよう、こっちから訊き返した。

「つーか、な。なんでそんなとこ、やけどしてんだ」
「うん、それには深い理由がありまして」
「ほお」
「最近、水島さんのオシャレ講義を受けてる訳なんです」
「いろいろ突っ込みどころはあるけど、まあ、いいや。で?」
「わたし、髪の毛短いでしょ? でも上手な髪の結い方が出来るようになりたくて。それで、水島さんから教えてもらってたんだけど、そのときにね、コテを使ったの」
「コテ?」
「そう、コテ。こう髪の毛を巻いてカールをつけられるやつ」
「いや、知ってるけど……え、おまえ、コテでやけどしたの?」
「……うん、そう」
「どんだけ不器用なんだ」
「言うと思った!」

――だから言いたくなかったのに! とあかりはわめいてるけど、俺は決して真相を教えてほしいなんて言ってないわけで。理不尽な気がするものの、気分はやけに晴れていた。現金? ああ、自分でもそう思うよ。しかし、そんなの仕方ないじゃないか。

「大体、なんで髪の結い方なんか……」

言いかけて、はた、と気づいた。来週の日曜は、

「もしかして、花火大会?」

すると、顔を真っ赤にさせて、こくりと頷くあかり。

「せっかく、浴衣着るから……」

なんてことだ。なんてかわいいんだ、こいつ。あかりが顔を真っ赤にして俯いててくれてよかった。多分、俺の顔も同じくらい赤くなってる。

「ところで……」
「……なんだよ」
「佐伯くんはどうしてそんなにわたしの首筋が赤くなってるのに気づいてくれるの?」

全く無垢な目が二つ、見上げてくる。むせそうになるのをこらえて、それから、いろいろと言い訳をしたくなるのをこらえて、言った。

「仕方ないだろ、不可抗力だ」

――どうしても目がいってしまう、なんて言えるわけがない。



[title by にやり様]2011.02.27
(*むしろわたしがごめんなさい)

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