スリーピン・ビューティ


当たり前のことをひとつ。一週間は七日間ある。七日間、日数で考えるとそれなりに長い期間。それでも、忙しくしていれば一週間なんてあっという間に過ぎてしまう。
そう考えていたせいなのか、その週の予定を「休養」に決めた時もそんなに後ろめたい気はしなかった。無理をして病気になるよりずっといい気がする。だから今週の予定は「休養」。カレンダーをチェックして、続けて携帯を手に取った。





休養と決めたからには、ひたすら休むに限る。放課後は勿論のことお昼休みのちょっとした空き時間にも。週初め、蓄積された疲労が溜まっているせいか、どこでもすぐにでも眠れそうだった。そうしてお昼休みに、いつもの木陰に向かうと先客がいた。

「佐伯くん」

――また寝てる。

いつも決まって「休養」を取っていた木のふもとで、佐伯くんがうっかり眠ってしまっている。――また、疲れてるのかな。そういえば、いつかもこんなことがあった。いつかのお昼休み、中庭で無防備にも仰向けで熟睡している佐伯くんを見つけた。
あのときは夏服だった。今はもう秋。それも冬にほど近い……。

「佐伯くん、風邪引いちゃうよ」

眠る佐伯くんの傍にしゃがみ込んで話しかける。反応はない。眉間に皺が寄って、気難しそうな顔で熟睡中……枕代わりに教科書を何冊か積んでいる。――これは、本格に寝る体勢だ。

「迂闊だなあ」

呆れ半分、笑い半分で呟く。佐伯くんは深い眠りの中にいるので、たぶん聞こえていない。聞こえてたら、たぶん、またチョップ。
曲がりなりにも学園のプリンスなんだから、こんなとこで素の顔で寝てるのは迂闊なんじゃないかなあと心配になる。イメージが崩れるとか、そういうんじゃなくて、危ないなあ、という意味で。だって何をされるかわからないじゃない。そんな、こわい想像をしてしまう。
――なんて、それはないかな。
流石にそんなことをする人間はいないよね。一人で首を横に振って、妙な想像を頭から追い払う。追い払おうとする。なぜって、ここで一番の危険人物は間違いなくわたしだからだ。バカな考えを頭から追い払わないと。

「佐伯くーん」

かさこそ、風が吹いてきて、落ち葉を転がしていく。少し寒い。――佐伯くんは寒くないのかな? うっかり寝てしまったのだろうから、毛布なんてかけていない。そもそも、昼寝するのに毛布とか用意してるの姿とか、想像できない。もっと言えば、進んで昼寝をしている姿が思い浮かばない。
――佐伯くん、頑張り屋だから。
意地っ張りで、自分に対して求めるところが高くて、それでいて、他人に絶対弱みを見せない、頑張っている素振りを見せない。そんなだから疲れちゃうんだと思うだけど、そんなことを言ったら、まず間違いなく「余計なお世話だ」って煙たがられちゃうんだろうなあ。

「もう少し、頼ってくれたらいいのにね?」

けれど今は、佐伯くんは眠ってしまっているから、こっそり呟いた。頼ってくれていいのに。いつだって。手伝うのに。
風に吹かれた落ち葉が転がってきて、佐伯くんの髪の毛に引っかかった。それを指先で払う。かさこそ、かすかな音を立てて葉が落ちる。伸ばした手が引っ込めづらくて、そのまま、佐伯くんの少し風に乱れた髪の毛を撫でる。……これくらいなら、してもいいかな? いや、ダメかな。ファンの子にはまず間違いなく怒られるよね。佐伯くん本人からも? そもそも、これくらいって何を基準にって話かもしれない。どれくらいならよくて、どこからがダメなんだろう、とか、やっぱりわからない。
また危険な方向へ思考がループしそうだったので、頭を振る。相変わらず、気難しげに眉間に皺を寄せて、瞼を閉じている佐伯くんに言葉をかける。眠っているから言える言葉だ。

「いつか、本当に大変な時は頼ってね?」

「…………………………頼るか、バーカ」

返答がないと思っていた独り言に返事が返ってきて、びっくりした。伸ばした手をひっこめるのも忘れた。声も出なくて瞬きを繰り返していたら、不機嫌そうに瞼を持ち上げた声の主に睨まれてしまった。

「起きてたの?」
「なにしてんだ、おまえ……」

わたしの質問には答えないで、佐伯くんは顰め面で半身を起した。慌てて手をひっこめる。
なにしてって、なにしてたんだろう、わたし。
自問して、小首を傾げて言う。

「プリンスの見張り、とか?」
「ほお」
「い、イっターい!」
「イタイのはおまえだ、間抜け」

だからって、いきなり思い切りチョップってどうなの? 痛む頭をさすっていたら、佐伯くんがぼやくように何か言った。「びっくりした……」とか何とか。小声すぎて分かんなかったし、顔を隠すようにそっぽを向かれてしまったから、どんな表情をしていたのか分からなかった。

「とにかく、だ。余計なこと考えてんなよ」
「やっぱり、言われちゃった」

不審そうに眼を眇める佐伯くんに「こっちの話。何でもない!」と言って逃げるようにその場を後にした。なぜって、何かといろいろ恥ずかしくていたたまれなかったから。寝顔に見とれてしまったこととか、恥ずかしいセリフを聞かれてしまったこととか、とにかく、いろいろ。



2010.12.01

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