ばいとのじかん #4
「お疲れ」
最後のお客さんが帰って、洗い物と掃除も終わって一息つく。佐伯くんがコーヒーを淹れてくれた。
「お疲れ様」
仕事のあとの一杯。角砂糖を二つ入れてスプーンでつぶすようにしてかき混ぜる。心なしか漂う香りまで甘くなった気がする。佐伯くんが小さな声でぼやいてる。
「なんか、今日は疲れた……」
「……ごめんね?」
「別に、おまえのせいじゃないけど……」
「でも……」
今日はいつもよりお客さんの入りが多かったわけじゃない。むしろ雨が降っていて少なかったくらいで、それなのに疲れたということは、昼間のわたしとのドタバタがあったせいとしか思えない。わたしが考え込んでいると、こつんと頭に何か当たった。頭を押さえて佐伯くんを見上げる。チョップの手の形。でも、全然痛くない。
「何、難しい顔してんだ」
「だって……」
わたしは口ごもってしまう。どう言えばいいか分からない。頑張りたい、頑張って、もっと珊瑚礁のために働きたい。二人の負担を減らしたい……そう思って頑張っていても、全然うまくやれていない。成果が出ていない。
「じゃあ、一個だけ言っておく」
佐伯くんがずい、とカウンターから身を乗り出した。思わず体を仰け反らしてしまう。
「な、なに?」
「おまえは余計な気を回すな」
「……余計な?」
「おまえ、ここんとこずっと変だったろ。自分でやれること以上のことをやろうとしてジタバタして墓穴掘ってる。そんな感じだった」
――墓穴……でも、そうかも。頑張ろうとして空回ってた気がする。
「……ごめんなさい」
「だから、謝るなって」
またチョップされた。頭を押さえて見上げると、佐伯くんは目を逸らしながら小さな声で呟いた。
「頑張りは認めてるんだ。一応な?」
「……え?」
「おまえが頑張りすぎてキリキリしてるのって、なんか、らしくないんだよ。見ててこっちの調子が狂うから、おまえはおまえのまんまでいろよ。今できなくても、そのうちやれるようになるだろうし」
佐伯くん、もしかして励ましてくれてるのかな。何だか、くすぐったいな。だって、佐伯くんがこんなこと言うのは、珍しい。明日も雨が降るかな? なんてことは口に出せないけど。
「佐伯くん」
「何だよ?」
「ありがとう」
「……なにが」
「コーヒー、おいしい」
「……ああ。コーヒーか。当たり前だろ」
「うん、そうだね」
佐伯くんのコーヒーがおいしいというのは、もう織り込み済み、何と言ってもマスターのお墨付きだもんね。
佐伯くんはそっぽを向いて「コーヒー、早く飲めよ」と言う。
「送るけど、あんま遅くならない方がいいだろ」
言い方はぶっきらぼうで素っ気ないけど、言っていることは優しい。ぶっきらぼうに見えて、本当は優しい。そういう人だって、一緒にいるうちに分かってきた。
「うん」
頷きを返して、底に砂糖が残るコーヒーを飲みほした。甘い。とても。とっても。
○
高校に入ってから始めたアルバイト。海辺の喫茶店で接客業。まだ慣れないことも多いけど、少しずつ手順や勝手も分かってきたし、出来ることも増えたと思う。最初の頃に比べたら。
それでも、まだまだ全然至らなくて失敗することも多くて、転んだりお皿を割ってしまって、厳しい先輩から心底呆れた顔をされたりチョップされたり説教されたりと、なかなか厳しい。
でも頑張りたいと思う。頑張って、今は出来ないことも、これから出来るようになりたい。この場所で働き続けたい。
だってわたしはこのアルバイトが、優しいマスターと、ひねくれてるけど本当は優しいバリスタさんがいる、喫茶『珊瑚礁』が大好きだから!
2011.02.06
(*おしまい!)
(*チーム珊瑚礁が大好きです)
[back]
[works]