ばいとのじかん #3
窓の外は真っ暗。もうすっかり夜だ。お客さんの波も一段落して、少し手持ちぶさた。お冷のおかわりが必要そうなお客さんもいないし、ラストオーダーも済んでしまったからもう注文もないはず。何か他に仕事はないかな? と厨房を覗いてみた。
中では佐伯くんが一人で洗い物をしている。マスターさんは8時半頃に帰宅。閉店までの一時間と少しの時間はそんなにこみあわないから二人だけでもお店が回る……らしい。そういえば、わたしがバイトに入らない日も佐伯くんはこの時間一人なのかな?
本当はわたしが洗い物をした方が(お客さんにとっても)いいのだろうけど、まだ任せてもらえない。佐伯くん曰く、わたしは洗い物が遅いらしい。丁寧なのはいいけど、あまり時間がかかるのもダメ。本当は両立できたら一番いい。
スチール棚の一番上に鍋が置いてあるの見つけた。そういえば、あのお鍋、いつも最後に佐伯くんが洗っていた。先に洗っておけば後で楽かもしれない。
手を伸ばして鍋を下ろそうとする。スチール棚の一番上にはつま先を立てて腕を思いっきり伸ばしてようやく手が届く高さ。
…………あれ? 思ったより、重いかもこのお鍋。
このまま持って下におろせるかな……かといって、もう位置をずらしてしまったので、元に戻すことも出来そうにない。ど、どうしよう……。
「無理すんな、小動物」
すぐ後ろから声がした。伸ばした腕の横から、まだ泡がついたままの大きな手のひらが鍋を支えてくれる。背中に、とん、と佐伯くんの胸が当たって思わず息を飲んだ。
わたしがあれだけ悪戦苦闘した大きな鍋も佐伯くんは軽々と持ってしまう。
「ごめんね、佐伯くん」少し考えてから付け加えた。「……ありがとう」
「どーいたしまして」
背中を向けたまま言われる。顔を見られなくてよかったと思ってしまう。たぶん、今わたしの顔、赤くなってる……。
「すみませーん」
フロアからお客さんの声がした。
「あ、はい! ただいま!」
心なしか火照る顔に手を当てながらフロアに飛び出した。
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