ばいとのじかん #2


引き続き、アルバイトを頑張る日々。わたしはひそかに練習を繰り返していた。

「いらっしゃいませ! あ、違う違う、間違えた……」
「何やってんだ、小動物」

夜の開店準備の時間。お店が開く前に買い出しに行ってきた佐伯くんがいつの間にか戻ってきていたみたい。

「あ、佐伯くん、買い出しお疲れ様!」

がさごそとカウンターに品物を並べる姿を見ながら、ふと気になったことを訊いてみる。

「……ねえ、ところで小動物って何のこと?」
「気にすんな」

買い込んできた缶詰を棚に仕舞い込む佐伯くん。わたしの疑問も同じように棚に無理やり詰め込んで、ぱたんと戸を閉じてしまう。

「で? 何やってたんだ」

振り向きがてら最初と同じ質問を繰り返された。

「挨拶の練習だよ。少しでもお客さんに喜んでもらえたらいいなと思って」
「ふーん」

てきぱきと荷物を整理しながら佐伯くんは息だけで答えた。買い込んできた荷物の中から缶ジュースを取りだして差し出してくれた。

「オレンジジュースで良かったか」
「あ、うん。ありがとう」
「バイト代から引いとくから」
「えっ!?」
「冗談だ」
「もう……」

――あ、佐伯くん、ちょっと笑ってる。
そっか、からかわれただけかあ。佐伯くんってちょっと子どもっぽいところがあるよね? バイトのときの佐伯くんは大人っぽいのに不思議な感じ。珊瑚礁の制服を着て髪をセットした佐伯くんは本当に大人の男の人みたいで少しドキドキする。
隣りからプルトップを開ける音がした。わたしも缶ジュースを開ける。一口飲んでみる。オレンジジュースが好きって、佐伯くんに言ってたっけ?

「それで、練習の成果は?」
「練習?」
「してたんだろ? 挨拶の練習。チェックしてやるから、やってみろよ」
「あ、うん!」

ジュースをカウンターに置いて、数歩後ろに体を引く。佐伯くんはカウンターに背をもたれさえジュースを飲みながらわたしを眺めてる。一度深く息を吸い込み、とびっきりの笑顔を浮かべて言った。

「おかえりなさいませー、ご主人さまv」
「………………………………ぶはっ!!」

佐伯くんが盛大に吹きだした。というか、むせた。

「さ、佐伯くん、大丈夫!?」
「だいじょうぶ………………いや、大丈夫じゃない……」

げほげほとせき込みながら、何とか息を落ち着かせると、佐伯くんはキッとわたしを睨みつけまくしたてた。

「アホか、おまえは!」
「だって、そういう店員さんがいるお店が流行ってるって聞いたから」
「珊瑚礁を、そういう店と一緒にすんな! 店の品位を疑われるだろ!」

佐伯くんはプンプン怒っているけど、わたしの脳裏に夏の思い出がよみがえる。

「水着エプロンの創始者が何を言いますか」
「いやっ、あ、あれはだな……あれは別だろ! 健全かつ極めて夏らしい、こう、風物詩的なイベントであって………………わかったよ! わかったから、取りあえずそんな目で俺を見るな!」

わたしはため息をついた。

「ダメかあ……“ご主人さま”」

佐伯くんが頷きを返す。

「ああ。そこまで行ったらダメだ。違う店になっちゃうだろ」
「そっかぁ……」
「……まあ、悪くはなかったけどな? さっきの」
「……えっ?」
「………………」
「………………」
「…………なんてな! あーあ! なに言ってんだ俺! 今のはあれだ、口が滑った。いや、滑ったというか……………………………………ちょっと、裏で顔洗ってくる。顔、なんか、ジュースでベタベタだし」
「う、うん、そうだね……」
「ついでに頭も冷やしてくる……」

――佐伯くん、すごくうろたえてたけど、どうしたのかな?

心なしか肩を落として元気のない背中を見送った。そんなにダメだったのかなあ、挨拶。



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