どんなこどもにも秘密ってやつがあるのさ #6


「あかり、寝るなって、あかり」

肩に手をやって軽く揺さぶる。……ダメだ、起きる気配がない。一度寝てしまうと、なかなか起きない。というのは、長く付き合ううちに分かってきたこと。

「いいの? 彼女」
「少し寝かしとく。こうなると全然起きないから」
「へえ……」

またニヤニヤ笑い。

「なんだよ」
「別に。仲がいいなあって」
「ウルサイ」

すっかり冷めたコーヒーを淹れ直す。カウンターから手元を覗き込まれる。

「仲がいいのはいいことだよ。少なくとも悪いことじゃない」

またどことなく、ひっかかるような一言。新しいコーヒーを二人分入れて、カウンターに座る。
あかりは眠っている。一度眠るとてこでも起きない。ということは、聞かれる心配もない、はず。ずっと気になっていたことを聞くことにした。

「おまえさ…………」
「うん?」
「母親があいつだって言ったよな?」嘘くさくて仕方ない話とはいえ。
「言ったね」
「じゃあさ……………父親ってどうなってんの?」
「父親?」

鳩が豆鉄砲食らったような表情。言ってる意味が分からないみたいに何度か瞬きをする。

「父親……言ってなかったっけ?」
「言ってないだろ」
「言ってないから、分かんない?」
「? そりゃそうだろ」
「………………」
「………………」
「ははっ……!」

いきなり吹きだされてしまった。何なんだ一体。

「な、なんだよ!」
「……ご、ごめん。いや、なんでもない。こっちの話。……そっか、わかんないかあ」

手をひらひらと振って、片手で腹をおさえている。一体何がそんなにおかしいんだ、こいつ。

「そうだなあ……秘密。こういうのはさ、先に知っちゃったら、面白くないでしょ?」
「それは、まあ、そうだけど……」
「ネタばれになっちゃうからね」
「……つーか、俺にはいいのかよ。あいつが母親とか、言い出して」
「いやまあ、それは成り行き上、仕方ないというか……」
「? 何だよ」
「置時計。どうしても見ておきたかったんだ」

そういえばパーティーの帰り、こいつから置時計を見せてほしいと言われたのを思い出した。

「何か理由とか、あるのか?」
「理由……うん、まあね。聞く?」
「話すなら聞いてやる」
「……出た、天の邪鬼」
「なんだって?」
「いや、こっちの話。あの置時計さ、すごく大切なものだったらしいんだ。でも俺、子供の頃に壊しちゃって。いつも棚の高いところに置かれてあった。陽の光を受けてガラスがきらきらとして綺麗だった。近くで見てみたかったけど、それだけは触らせてくれなかった。だから自分で手を伸ばした。結果はさっき言った通り。床に落ちて、粉々に砕けちゃった」
「…………」
「怒られると思ったんだ。でも、怒られなかった。『安物だったから、仕方ない』って母さんは笑って言ってくれた。でもさ、分かるんだ。母さん悲しそうだった。きっと思い出の品なんだ。二人にとって。だから、確かめてみたかった。二人にとってあれがどれだけ大切なものなのか。二人がどんな二人だったのか」
「ちょっと、待て……」
「ずっと謝りたかったんだ。大切なものを壊して、ごめんなさいって」

――ちょっと待て。いや、かなり、待て。その話で行くと、もしかして父親って――、

「……あっ」
「えっ!? な、なんだよ?」
「雪だ」
「へっ」

ほら、外、と窓を指さされた。釣られて見てみると、暗闇の中、白いものが舞っていた。

「初雪かな? すごいね、ホワイトクリスマスだよ。俺、ちょっと外に出てくる」

そう言って、もう席を立っている。

「おい、待……」

立ち上がろうとして、ぐい、と後ろ側に引かれた。何事かと思って、見るとあかりが俺の服の袖をしっかり掴んでいる。

「ちょ……おい! あかり、寝てる場合じゃない、起きろって!」
「うぅ〜ん……瑛くん、もうお腹いっぱいだよぉ」
「どういう夢を見てんだ、おまえは! ってか、またベタな寝言を……」
「お刺身天国……」
「だからどんな夢だ! いいから起きろ! 離せ!」
「仲良いね、ほんと」
「違っ! いや、違うくない、けど……!」

かららん、とドアの開く音がした。白い息を吐きながら外を見て、驚いた様に少し目を見開き、それから、何事かを納得したのか、軽く微笑む。こっちを振り返って、言った。

「そろそろ行くよ。お騒がせしました」
「待……」
「またね」

そう言って、軽くこっちに手を振った。手を振り返す余裕もなく、ドアが閉まった。かららん。聞きなれたドアの音だけが残った。


傍らで、もぞもぞとあかりが動き出す気配がした。ずっと肩に置いていた手をはずす。

「…………瑛くん?」
「……あかり」
「わたし、寝ちゃってた?」
「ああ、グースカよく寝てた」
「もう! ……瑛くん?」
「……なんだよ」
「なにか、あった?」
「いや……」かぶりを振る。「別に、なにも」どう答えたものか分からない。
「そう? あれ? さっきの子は?」
「ああ……」

“さっきの子”が消えたドアに目をやって答える。あのドアの向こうにはいないんだろう。たぶん、もう。

「あいつなら、帰った」
「そうなんだ……お別れの挨拶、言えなかったな」
「別にいいんじゃないか?」
「どうして?」
「また会うだろ」

近い将来。あいつの言葉が嘘でないなら。

「また、会える?」
「うん……」

あいつも『またね』って言ってたし。じゃあね、でも、さよならでもなく。

「そっか。よかった。ね、瑛くん」
「なんだよ」
「さっきの子、もしかして瑛くんの親戚とか?」

改めてあかりの顔を見る。……寝ぼけてる訳ではないらしい。そうして、少し恥かしそうに付け加えた。

「ちょっと瑛くんに似てた。かっこよかった」
「ああ、そう…………」

一体どんな顔で頷いたのか、ちょっと分からない。きっとにやけてしまりのない顔になっていたのは確実だ。

窓の外にはまだ白い雪が舞っていて、きっと積もりはしないだろうけど、寒いことには変わりないはずだ。隣りからあかりの「あっ、雪!」という歓声が聞こえてくる。そのまま外に出て行こうとするのを止めて、「コート、ちゃんと着ろ。送っていくから」と告げる。取りあえず、今すべきことは、チョップなんかではなく、こいつを無事に家に送り届けてやることなんだろう。……来る未来のためにも。

クリスマスの奇跡。なんてことは信じない。信じないけれど、未来のこいつが幸せそうに笑っていることを祈ってやまない俺は、どうか将来こいつの隣りにいるのが俺でありますように、と訳の分からない奇跡を起こした神様に向かってお願いする。そして、ニヤニヤ顔の鼻もちならない父親似の子供にまた会ってみたいものだと思う。




(おしまい!)
2011.01.24

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