灯台モトクラシー #1


きっと見つけるよ、という約束だった。
同じ海でまた逢えるように。そういう約束だった。

約束はまだ果たされていない。

幼い頃に交わしたはずの約束の記憶は、流れた時間に比例するように、ぼんやりとして不確かで、頼りない。そうして、不鮮明になればなるほど、非現実めいて、余計に眩い思い出になっていく。

だからこそ、それはまるで、おとぎ話のように美しく儚い、胸が痛くなるような約束だ。





人の噂に尾ひれ羽ひれがつくのはよくあることで……。
ちょうど今、そんなありふれた事実を実感しているところ。

「なあなあなあ、知ってる? 灯台の噂」

と、今日もまるで嵐か竜巻か台風か、はたまた突発的なつむじ風みたいにまくしたててくるのは西本さんだ。
ちょうどお昼休みで、場所は教室。わたしと西本さんは向かい合ってお弁当を突いている。
心持ち首を傾げ、西本さんの先ほどの質問に答える。

「ええっと、知らない……かな?」

灯台の噂……灯台の……灯台って、どの灯台かな。近場の灯台、羽ヶ崎灯台のことかな。それとも、もっと漠然とした、灯台一般の話とか。それは、まあ、ないかな。

「あ、知らんの?」と西本さん。まるで屈託のない切り返しで、こう続ける。

「ほら、街のはずれに灯台があるやんか。あそこの灯台にな、ちょっとした伝説があるんやって」
「伝説?」

――噂話ではなく?

「そ、伝説。あそこの灯台で結婚式をあげたカップルはな、ず〜〜〜〜〜っと、永遠に幸せになれるんやって」
「それは、素敵だね」

永遠に、というのはちょっと規模の見当がつかないけど、ずっと幸せって素敵だなあ、と思う。灯台で結婚式、か……。
あの灯台にそんな伝説があったなんて。

「あら、そうだったかしら?」

西本さんと二人、机ごしに向かい合って、ひとしきり、灯台の伝説に思いを馳せていると、澄んだ声が横方向から聞こえた。

「あ、水島さん」

西本さんの横、机の横あいから、水島さんがお話に加わってきた。まっすぐさらさらストレートの黒い綺麗な髪。水島さんはそれこそ、陸に挙がった人魚のようで、うっとり見とれてしまいそうになる。

「私も羽ヶ崎灯台の伝説なら、聞いたことがあるわ」

水島さんはにっこり微笑んで言った。

「よかったら、お話に混ぜてもらってもいいかしら?」

西本さんと二人、もちろん、と頷いて、隣りの席の子の椅子を借りて、水島さんの席を用意する。

「私が知ってる灯台の伝説は、西本さんの話とは、少し違うかな」

かな、と小首を傾げて水島さんは言う。

「違うって、どんな話なん?」と西本さん。

「私が聞いた話はね……」
「うんうん」
「なになに」
「人魚は秘密兵器って話」
「秘密!?」
「兵器!?」

水島さんの話に、わたしと西本さんはどよめいた。へ、兵器!? 人魚が!?
……一体、どんな話だろう、それは。

「何でも、大戦中の秘密兵器って話。その事実を隠すために、人魚の伝説が流布されたみたい」
「なんやのん、そのSF〜な設定」
「ね、映画みたいよね」

水島さんはニコニコと楽しげに笑っている。あ、やっぱり、ただの噂話なのかな。それは、うん、そうだよね……。ビックリしちゃった。
西本さんは、大きな目を、くるりと天井に向けてため息をつく。

「伝説って言ったら、やっぱりロマンチックな話の方がいいわ」
「そうね。じゃあ、こんな話はどうかしら?」
「なになに?」
「人魚と灯台守の恋のお話」
「えっ」

あれれ、何だろう? 
水島さんの台詞を聞いた瞬間、不思議な感じがした。どこかで聞いたことがあるような。何だか、懐かしいような……。

「恋の話? それは、ロマンチックそうやね!」
「そう、ロマンチックな話。二人は一緒になれないけど、とても素敵な恋の伝説だと思うわ」
「えっ、ハッピーエンドちゃうの?」
「そうね、悲恋で終わるみたい」
「そんなん、あかんわぁ」

西本さんが声を上げる。

「お話の最後は、やっぱりハッピーエンドじゃないとあかんと思う」
「そうかしら?」
「そうやろ。な、あかり」
「えっ、わたし?」
「あんたもハッピーエンドがいいやろ?」
「ハッピーエンド、かあ」

それは、そうだよね。お話の終わりが、悲しい終わり方よりも、みんなが幸せになれるようなお話がいい。うん、きっと。

「それは、そうだね」

頷きながら、何だか、胸に棘が刺さっているように痛むのは何故だろう。人魚と灯台守の悲恋のお話。そんな風なお話を、いつか、どこかで聞いた覚えがある気がする。可哀想な人魚と若者のお話を。
水島さんが西本さんの方を向いて、くすり、と笑って言う。

「私もハッピーエンドは好きよ」
「そうなん?」
「でも、いつもそうとは限らないでしょう」
「それは……そうかもしれんけど……」
「大切なのは、二人が愛し合っていたかどうかじゃないかしら?」

ね、と水島さんがわたしに向かって目配せをする。

「それに、お話の終わり方が、そのときは悲しいものに見えても、もしかしたら違うのかもしれないし」
「それってどういうことなん?」
「何となく、そう思うのよ」
「何となく、かあ」

西本さんが天を仰ぐ。
わたしは頭の中で水島さんの話を反芻していた。
例え、お話の終わり方が悲しいものに見えても、もしかしたら、違うのかもしれない……か。
そうなのかな。
例えば、あの可哀想な人魚と若者のお話。お話の内容はおぼろげに憶えているのに、そのお話を一体いつ、どこで聞いたのかは憶えていない、そんな儚い、おとぎ話のような話のこと。
あのお話の人魚と若者も、もしかしたら、悲恋じゃなかったのかもしれない……そんな可能性もあり得たのかな……。
そうだったら、いいな、と思う。だって、やっぱり、二人とも幸せになってほしい。再会してほしいもの。

ふと思いついたように水島さんが一言付け加える。

「それに、灯台守は不老不死っていう話もあるみたいだから」
「ふ、不老不死!?」
「また別の出所の伝説なんだけどね?」

水島さんが悪戯っぽく笑う。

「何やのん、一体……」
「でも、灯台は一つなのに、伝説や噂話がたくさんあるって、不思議だね」
「そうね。探してみたら、他にもたくさん出てくるんじゃないかしら?」
「それもそうかもしれへんね」

三人で、ふと、見つめ合う。多分、三人とも同じことを今、考えたはず。

「なあなあ」と西本さん。
「なぁに、西本さん」と水島さん。
「灯台の噂」と言いかけた西本さんの台詞に被せるように言ってみる。
「探してみる?」

そこで三人同時に笑顔になった。共犯者の笑みと言った風。それで決まりだった。

――灯台の噂話を探してみよう。

そういう訳で、お昼休みの教室で、たった三人の“灯台の伝説調査団”が結成された次第。他に一体どんな伝説があるのか、楽しみだなあ。



→2へ
[title:にやり様]2011.11.01
*灯台を巡るお話のはじまり、はじまり〜。例によって続きます;;

[back]
[works]
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -