スリーピン・マーメイド


*内容的にこちらと対のお話になります。



それじゃ、当たり前な話をひとつ。一週間は七日間ある。忙しくしていれば一週間なんてすぐ経ってしまう。瞬きする間に、とまでは言わない。けれどあっという間に過ぎてしまう。体感上は。やることは幾らでもあるから、俺の場合、特にそう感じる。一週間なんてすぐに過ぎる。
それでも、やっぱり七日間は七日間だ。七日間というのは、それなりに長い。例えば、そういや最近あいつを見てないな、とか頭の隅に少し引っかかる程度には。いや、あくまで、少し気にかかるという話。





四月以来、いい加減見慣れてきた焦げ茶色の右巻きつむじの頭を例の隠れ昼寝スポットで見つけたとき、胸に湧き上がった感情は何故か怒りだった。途中、複雑な経路をたどったとはいえ、それは純然たる怒りだった。
最初は驚いた。この場所で他人が寝ているとは思わなかったから。
あかりは木に背を預けて船を漕いでる。軽く微笑んで随分気持ちよさそうに寝ている。
季節は秋。そろそろ木枯らしも吹いてきて、屋外で寝るには不向きな季節。あかりは制服姿でなにも掛けずに眠っている。――無防備すぎる。大体、今日バイトの日だし。つーか、今週バイト休むとか言っておいて、こんなとこで寝こけてるって、こいつ一体どういうつもりだ。

「おい」

本当なら問答無用でチョップしてやる大失態だが、ここは紳士的に声をかけるだけに留めた。最近、疲れてるみたいだったし。

「いい加減、起きろ」

――よ、という声は最後まで続かなかった。そのとき不思議な事が起こった。その日はあまり天気が良くなくて、一日中曇り空で空は灰色に染まっていた。不意に木のあいだから光が射した。柔らかい光があかりの輪郭を銀色に染める。伏せた睫毛の影が頬に落ちて……まあ、つまり、何というか、しばらく見とれた。
意思に反して赤くなる頬と何故か高鳴る胸を落ち着けるためにあかりから顔を背けた。何でときめいてるんだ俺!

恐る恐る視線を居眠り女に戻す。あかりは全く平和に眠っている。焦っているのは俺だけだ。

「………………お刺身天国」
「…………ぶっ」

脈絡もなくあかりが寝言を呟いた。不覚にもちょっと笑ってしまった。つか、何て寝言だ。平和そうな寝顔を眺めながら思った。――そうだった、こーゆーヤツだったよな。ドキドキして損した。

天然でボンヤリで一緒にいると楽な相手。それが俺にとってのこいつ、つまり、あかりだ。
あかりといると楽だ。自分を作る必要がないし、あかりもそういうことは気にしない、あっけらかんとしたヤツだし。
あかり以外の、例えば学校の女子の前で素の自分を出すというのは考えられない。まず間違いなくドン引きされるだろうし、騒ぎになるし、物凄く面倒なことになるだろう。
だから素の俺を知っている女子はあかりだけだ。あかりだけが本当の俺を知ってくれている。そう考えたら堪らない気持ちになった。

あかりの顔の上にはまだ陽が射していて、目を閉じているとはいえ、眩しくないのかと心配になってくる。木漏れ日があかりの髪や頬を明るく照らす。白っぽい肌の上で唇だけ、まるで珊瑚みたいに赤い。半開きで、何だか妙に艶っぽい。あの唇と、キス、したんだよな……。ふと、触れた感触を思い出してまた頬が熱くなった。春先の突発的な事故みたいなキスと、子どもの頃に交わしたキス。子どものとき、一度だけ会った人魚。あかりを見ているとそういう記憶を思い出す。ずっと忘れていた大切な思い出。不意に胸が詰まる。それから…………また、触れたくなった。頬にかかる髪を払ってあかりの顔に手を添える。吸い寄せられるように顔を寄せた。頬にあてた右手の手の甲に白い指が触れる。……指? 誰の?

もちろん、あかりのだ。冷たい指先の感触に思わず正気づいた。

あかりが目蓋を持ち上げる。ぱちり、という擬音がぴったりな目の開け方。声にならない悲鳴を上げそうになったものの、耐えてあかりから離れた。あかりはまだ半分寝ぼけているような顔で「あれ? 佐伯くん?」とか言っている。よかった、気づいてない……こいつのボンヤリに感謝をしながら、魔がさして迂闊な真似をした自分にチョップを食らわしてやりたいと思った。
俺の内心の葛藤を知らないあかりの「どうしたの?」という台詞に「なんでもない!」と返して、あとはもう、後ろも見ずに退散した。急いでるというのもあったけど、今回ばかりは、恥かしさのが上回ったせいだ。



[title by.alkalism様]2011.02.08
(*まだ友好っぽいけどときめい瑛)

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