ランチタイム


昼のまかないを頼んだはずのあかりがいつまで経っても戻って来ないから何してんだと厨房を覗いてみたら、手のひらを米粒だらけにして途方に暮れているカピバラを見つけた。

取りあえず声に出さないでもう一度。――何してんだ、このボンヤリ。それから、思うにとどめないで実際口に出して言ってやった。

「何してんだ」

プラス、チョップ。
ランチタイムが終わって一段落したとはいえ、夕方の開店準備もあるし、あんまりのんびりしてはいられない。何を悠長に構えてんだ、このカピバラは。

律儀に「痛っ」と声を上げたボンヤリはチョップされた箇所に手を当てようとして、ご飯粒だらけなことを思い出したのか、両手を中途半端な位置に上げて、下ろした。黒目がちな瞳が恨めしげに見上げてくる。非難めいた視線をスルーして言う。

「まかない、まだ?」

痛いところをつかれたのか、あかりは言葉に詰まっている。手元を覗き込むと、皿の上に白い塊が乗っていた。オニギリにしては形が不格好すぎる。……この形には見覚えがある。確か花火大会のときに見た。ハート型の花火が潰れたオニギリみたいだった。そうだ、あのとき花火を見て「えっ? オニギリじゃないの?」なんて声を上げていたんだ、こいつ。思わず口角が持ちあがりそうになったけど、意識して笑わないようにした。

「……潰れたハートか?」
「お、オニギリだよ!」

あかりは心外そうに声を上げた。でもあかりが皿の上にこしらえた白い塊は弁解を認められるような形をしていない。

「どう見ても潰れてるだろ。何だよ、この形」

“出来そこないのハート”にしては不格好で、一見何を目指して作ったのかさっぱり見当がつかない。そもそも、これはオニギリとは認められない。オニギリくらい単純で作りやすいものはないと思う。片方の手のひらを上向けて、もう片方の手のひらで三角形の角を作る。それをどうしたらここまで盛大に失敗出来るんだ。

「……………………カピバラ」

あかりが小さな声で呟いた。よく耳を澄ませないと聞こえないような、本当に小さな声だった。思わず聞き返す。

「えっ?」
「これ、カピバラの顔だもん」
「カピバラ? これが?」

思わず見返す。俵型と三角形の中間みたいな不格好な塊から二つ、不格好な角が二本生えてる……カピバラ……これが……。

「その……うまく作れなかったけど……」

ぼそぼそとあかりは弁解を続ける。

「ただの三角のオニギリだと味気ないかなあと思って、カピバラにしようとしたんだよ。瑛くん、カピバラが好きみたいだったし……」

確かにあかりの誕生日にカピバラのヌイグルミを渡したけど、それは、あかりが勘違いしてるような理由じゃないのだから、オニギリをカピバラの形にしてもらったって嬉しくはない。
…………ただ、そういう気遣いっていうのかな、そういうのは、悪くないっていうか、何だろう、この甘ったるい感じ。バツが悪そうに俯けた頭のつむじを見下ろす。何をもたもたしてるのかと思ったら、こんな悪あがきをしてたのか、こいつ。全く……。

「……全然ダメ」
「え?」
「全っ然、ダメ。まかないとはいえ、人に出すものだろ? こんな失敗作はお父さん許しません」
「うう……」
「…………俺が代わりに作ってやるから、おまえはフロアの掃除してこいよ」
「え?」

意外だったのか、あかりはきょとんとした顔で見上げてきた。

「だから、まかないは俺が作るから、おまえはその手の米粒をなんとかして、後片づけな」
「で、でも……」
「いいから、早く。おまえが作ってたら、いつまで経っても昼飯にありつけないかもしれないだろ」
「う、うん……ごめんね、瑛くん」

ぱたぱたと、やたら小動物っぽい足音を立ててあかりは厨房を後にした。……さて。

皿の上の、カピバラもどきオニギリを見つめる。……やっぱりどう見ても、潰れたオニギリの出来そこないだ。大体、目鼻もついてないし。……カピバラ、ね。全く……。

「なぁに、やってんだか……」

憎まれ口が口をついたけど、声は笑っていた。だって、何て言うか、らしいっていうか、アホらしいのに、面白い。盛大に失敗してるけど、そういうボンヤリなとこもひっくるめて、まあ、かわいいと思わなくもない。

「ごめーん瑛くん、わたし手のひらのごはんつぶ、そのままだった〜。あれ? 何でニコニコしてるの?」
「………………いいから早く行け!」
「え、でも、手を洗わないとベタベタになっちゃうよ?」
「手、洗って早くあっち行け!」
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない!」

前言撤回。こいつのボンヤリって、もしかしたらわざとじゃないかと思う時がある。人の痛いところをつくのが時々、妙にうまい。……まあ、そんなことはない、と、出来れば思いたい。





「出来たぞ」

テーブル拭きをしているあかりを呼ぶ。顔を上げて、その顔がパァ、と明るく輝く。小走りに駆け寄って、カウンターに乗ったトレイを覗き込む。

「わぁ! かわいい!」

形は勿論のこと、海苔で目と鼻も作った。どこからどう見てもカピバラのオニギリだ。潰れたハートだなんて言わせない出来だと自信を持って言える。
あかりは屈託なく笑ってる。

「瑛くん、上手だね」
「……これくらい、出来て当然」

それでも、こんな風に素直に喜ばれると、やっぱり胸の辺りがこそばゆい。

「マスターさんは?」
「奥で帳簿付けてる」
「じゃあ、わたし、呼んでくるね」
「ああ、頼む」

ぱたぱたとやっぱり妙に小動物っぽい足音を立てて奥に引っ込んだあかりの背中を見送る。ため息。ほだされて妙なものを作ってしまった自覚はある。皿の上のカピバラのオニギリが、誰かさんに似たつぶらな瞳で見上げてくる。

「何、やってんだか……」

とぼけた顔のカピバラに向けて呟く。やっぱり誰かを思わせて苦笑を誘う。思わず口角が上がる。子どもじゃあるまいし、こんなので喜ぶなんて、ホント、何て言うか……。

「ただいまー、今行くから、先に食べててってマスターが……あれ? 何でニコニコしてるの?」
「…………うるさいよ! 早く食べろ!」
「な、何で怒るの?」

当惑気味にしているけど、誰のせいだと思ってるんだ。自覚なしなんだから、困る。

「おまえは、こっち」

さっき自分でこしらえていた“潰れたハート”型のカピバラオニギリを引き寄せようとしているあかりの前に、“人に出しても構わない”出来のカピバラのオニギリを差し出す。

「そっちは俺がもらうから」
「でも、失敗作だよ?」
「おまえだって、人に出そうとして作ったんだろ」
「…………」
「だから、そっちは俺が食べる」

少し考えて付け加える。

「……じいさんに、こんな不気味な見た目のカピバラ、押し付けるわけにいかないしな」
「うぅ……ごもっともです……」

肩と眉尻を下げて呟いて、あかりは顔を上げた。軽く口元を微笑ませて言う。

「……ありがとう、瑛くん」
「何が?」

割り箸を割りかけた手を止めてあかりを見上げる。今日のまかないは、オニギリとキツネうどんだ。

「食べてもらえてうれしい。瑛くんのこと、考えてその形にしたから……」
「…………失敗してるけどな」
「うん。瑛くんのは上手だよね」

しげしげとカピバラのオニギリを見つめている。一心にオニギリの造形を観察する横顔に見惚れかけて、我に返る。

「早く食べないと、うどん、伸びるぞ」
「あ、うん。そうだね」

手元の割り箸を手にとって、割りかけて、手を止める。ふふっと小さく笑う声が隣りから聞こえて、オニギリを口元に運びかけていた手を止める。

「何だよ?」
「何でもないよ、ただ……」
「ただ?」

あかりが眉を下げて、少し照れたように笑う。それから一息に言った。

「何だか、お昼ごはんを作りあいっこしたみたいで、うれしいなあ、って思っちゃった」

思わず、手元の不格好過ぎるオニギリと、隣りに座ったあかりの顔を交互に見つめてしまった。カピバラ……と言い張るには形の崩れ過ぎたあかりのオニギリにも海苔で目と鼻をつけてやった。だから、さっきよりマシになったとはいえ、元はあかりお手製の失敗オニギリ……。あかりの迂闊過ぎる台詞のせいで、途端に意識してしまった。

「……おまえって、ほんっと、無自覚にそういうこと言うよな」
「そういうことって?」

きょとんとした顔で見上げてくる。ホント、自覚なしで“これ”なんだから、困る。照れたり動揺してるのは俺ばかりで、不公平だ。頬が熱い。意識してしまったせいで、食べれない。あかりが不思議そうに首を傾げる。

「瑛くん、顔赤いよ?」

――誰のせいだよ。

迂闊な一言は言わずに済んだけど、顔は相変わらず赤いままだった。じいちゃんに見られたら、確実にからかわれてしまうと思う。なのに、なかなか頬の熱はおさまってくれそうになかった。これも、手の中のカピバラと、隣りに座るカピバラのせいだ。





2014.09.08
*43210hitキリリク。ぽんさんに捧げます。
*リクエスト内容は【カピバラさんランチを作る二人】でした。ということで、無自覚にお昼ご飯作り合っ瑛主ですん。


[back]
[works]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -