ほっと


「寒ーーーい!」という小さな悲鳴みたいな声と一緒に、鼻の頭を赤く染めた赤鼻のトナカイが店の中に入ってきた。
ドアを開けた拍子に冷たい外気が入り込んで、トナカイの言葉が嘘じゃないことがよく分かった。外は寒い。それはそうだ、もうそういう季節なのだから。クリスマスを間近に控えた、寒い冬の日。

「おつかれ」
「あっ瑛くんお疲れさまー。いま着替えてくるね」

口元に持ってきた両手のひらを寒そうにこすり合わせていたあかりが店の奥に向かおうとする。
あかりがバイトに入る水金は大体いっしょに帰っていたけど(というか、大体いつも自然と合流することになる。行き先がいっしょなせいだ)、今日は違った。「日直の仕事があるから、いつもより遅くなるかも」と当のあかりからメールが来て、何だそうかと珊瑚礁へ向かう足を速めたのはつい先刻のことだ。
あかりよりずっと先に着いた俺はもう制服に着替えている。じいちゃんは奥で帳簿をつけている。
じいちゃんがいる部屋と、着替えをする部屋は違う。ロッカールームに暖房のたぐいはまだ置いていない。

「ちょっと待て」
「え?」
「こっち来て」
「うん?」

指先で手招きしてみせると、不思議そうな顔をしながらもあかりは近寄ってきた。うん、トナカイというよりこれはあれだ……人なつこい小動物系のが近い。
カウンターを挟んで向かい合って立つと、あかりのつむじがよく見える。あと、見上げてくる黒目がちな瞳とか。その瞳を見ながら「座って」と言う。あかりは「お店の準備は?」と聞き返してくる。

「まだ開店時間じゃないから、大丈夫」
「でも……」
「いいから、座れって。いま何か温かい飲み物出してやるから。……ココアでいいか?」
「……うん!」

まるで条件反射みたいな即答が返ってくる。返事をした当人も思わず頷いてしまったようで、「しまった!」みたいな表情をして口元をおさえていた。……ほんっと、分かりやすいよな、おまえって。
思わずくすりと笑ってしまいながら俺も頷いた。

「りょーかい。ココアな」

言いながら手を動かす。カップに、ミルクパン、それからココア粉末に牛乳、砂糖。向かい側に立っていたあかりがそろそろとカウンターにつく。

あかりも珈琲が飲めない訳じゃないみたいだけど、凍えてるみたいだし、あったかくて甘いココアみたいな飲み物の方がこの場合はいいのかもしれない。
ミルクパンにココア粉末と砂糖、牛乳を少し。弱火でこねるようにかき混ぜて練る。あたたまるにつれ、甘い香りがたつ。

「いいにおいだね」

あかりがうっとりしたような表情で言う。まだ、鼻の頭と頬の高い部分が赤く染まっているから、寒くない訳じゃないんだろう。でも、首元に巻いていた赤いマフラーをほどいてたたんでいる。ペースト状になったココアに残りの牛乳を注ぐ。沸騰させないよう鍋の中をかき混ぜる。

「珊瑚礁のバリスタだから、トーゼンだ」

軽口を言う。あかりが、ふと首を傾げる。

「ココアなのに、バリスタ?」
「……中々鋭いな、おまえ」

ふふーん!という風に胸を反らせた小動物のことは小癪なと思うけど、それ以上は突っ込まない。ココアがそろそろ温まってきたからだ。これ以上は熱くなりすぎる頃合い。

「お客の好みに合わせるのもバリスタの大事な仕事、だろ」

言って赤鼻のトナカイ改め、小癪な小動物の前にココアを置いてやった。小動物は無邪気に「わあ、ありがとう!」と顔を輝かせている。

「どういたしまして」

両手でカップを包むようにして持って「あったかい……」とささやくように言う。甘い香りとともに立ち上る湯気に目を細めている。ふうふうと冷ましながらココアに口をつけている。やや猫舌みたいなんだよな。長く一緒に過ごすにつれ知った小動物情報。

「はあ、あったまる〜」

そうしてややオッサンのような感想を洩らす現役女子高生。でもこういう気取りのないとこは嫌いじゃなくて。

「それはなにより」
「ふふっ」
「何、ニヤニヤしてんだよ」
「うん、あのね」

ニヤニヤ顔のままあかりは続ける。

「安心するなあって、思って」
「安心?」
「寒い日に、あったかくておいしい飲み物を飲むと何だかほっとするね」

そういうことを、ココアから立ち上る湯気越しに、言った。言葉以上に雄弁に気持ちを語っているような、そんなやわらかい笑顔で。

「……俺も」

それでつい「俺も、そうだ」と言ってしまった。

あかりが「ほっとする」と言ったのはココアのことだってちゃんと分かってた。頭では理解してたけど、感情が先走ってしまった。
あかりと一緒にいると、ほっとする。よく笑えて、肩の力も抜けて、安心するんだ。あったかい気持ちになる。

あたたかそうな湯気の奥で、手元の飲み物と同じココアブラウンの髪をしたあかりは、おいしそうにココアを飲んでいる。鼻先は赤くないけど、今度は頬が赤く染まっている。もう寒くはなくて、あたたかいならいい。
そうして、こんな風にあかりが笑ってるのを見ると、胸があったかくなる。どうしてこんな気持ちなるのか、あかりには教えてやらない。まだ、教えるには早い気がするし、まだ、この空間を壊したくなかったからだ。

奥で帳簿をつけているじいちゃんと、自分の分のココアを作る。開店時間までの少しの時間、少しだけ、ひとやすみ。向かい側に座る小動物ののほほんとした笑顔に釣られて、ちょっとだけ、のんびりしよう。




君と(あなたと)いると、ほっとする
2013.11.06


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