好きなもの
肌を撫でる風が暖かくてやわらかい。すっかり春だ。
天気の良い日曜日で、家族連れやカップルやらで賑わう森林公園であかりと過ごしていた。大きめのトートバッグからいそいそと何かを取り出してあかりが言う。
「あのね、お弁当作ってきたよ」
「弁当?」
「うん」
屈託のない笑顔でうなずくあかりの手には確かに弁当らしきものがおさまっている。淡いブルーのランチクロスに包まれていて中身は分からなかったけど。
芝生に横になって昼寝したくなるような陽気で、レジャーシートを広げて適当な木陰に並んで腰掛けていた。さっきまでぽかぽか陽気に釣られて眠くて仕方なかったのに、あかりの一言ですっかり眠気が吹き飛んでしまった。
「もしかして、手作り?」
聞かなくても分かりきったことに思えたけど、聞かずにいられなかった。あかりははにかんだ様子でこくりと頷いた。そうして「はじめて作ったから、おいしいか分からないけど……」なんて、本当に自信なさげに言う。
「よし、毒味してやる」
「ど、毒なんて入ってないよ!」
わあわあ言い合いながら、内心はしゃいだ気持ちを抑えられなかった。そうか手作りか……しかもはじめて作ったのか。今日のために。ダメだ顔がにやけてしまう。
気を抜くとニヤニヤしてしまう口元に気を付けながら弁当を開けた。
「…………」
「…………どうかな?」
あかりの心配そうな視線を横顔に感じる。どうって、何て言うかその……
「赤い、な」
フタを開けてみたら真っ赤だった。もっと言うと、赤いものが大量に入っていた。もっと詳しく言うと真っ赤ものは多分唐辛子だ。大量の鷹の爪が弁当の7割を埋めている。残り3割は白米だ。赤と白が7対3。シンプルでとても分かりやすいけど、主菜副菜のバランスがちょっと悪い気がする。しかし問題は多分そこじゃない。
「うん、唐辛子いっぱい使ってみたよ!」
あかりがまさにそこがポイントだという調子で言う。
「瑛くん、前に辛いものが好きだって言ってたでしょ? だから、すごく辛いおかずにしてみたんだよ」
いやまあ確かに言ったけどさ。忘れもしない、つい最近のことだ。好きなものは何だって聞かれて辛いものが得意だって答えた。相当辛いものでも食べられる自信がある、とも。
手の中の赤い弁当を見下ろす。
「唐辛子と……」
「鶏肉の炒め物。“辣子鶏丁”っていう料理だよ」
「ら、らーずじーでぃん?」
字面がさっぱり思い浮かばない。あかりがうなずく。
「うん、“辣子鶏丁”。鶏肉の四川風炒め」
「四川風……」
四川風って、確か麻婆豆腐とか担々麺とか、そういう辛い料理が多いんじゃ無かったか。
「激辛料理だよ」
そんな一言を添えてあかりはにこにことしている。……よかれと思ってしているんだよな? 俺が辛いものが好きだって言ったから。それでわざわざ辛そうな料理を考えて作ってきてくれたんだよな……。
「……いただきます」
「召し上がれ!」
無邪気な笑顔を横目に真っ赤に染まった弁当に箸をつけた。鶏肉炒めらしいけど、唐辛子の分量が物凄い。
「どう、かな?」
「うん、辛い」
「良かった!」
あかりは安心したように笑っている。うん、辛い。狙い通りバッチリ辛い。冷めているから多分辛さも和らいでいるんだろうけど、それでこの辛さ。相当なもんだ。……何か、汗が出てきた。さっきまで心地良かった春のぽかぽか陽気が恨めしい。体が熱い。
「瑛くん、おいしい?」
小首を傾げて、その上、上目遣いであかりが訊いてくる。小動物めいた黒目がちな瞳が期待にきらきら輝いていた。
「……すっごく辛いよ」
そう言ってやったらあかりは本当に嬉しそうな笑顔を見せた。やっぱり暑い。汗が吹き出すのも、顔が赤い気がするのも、全部この真っ赤な激辛料理のせいだと言い訳しておきたい。
「また作ってくるね!」
「……また、辛い奴?」
「うん、もっと辛いの」
少し考えて「いや……」と言い返す。確かに、辛いものは得意だし、相当辛いものでも平気で食べられる自信だってあるし、今回のあかりの激辛料理だって事実平気だったし、だけど……。
「次はもうちょっと甘いものがいい」
「え?」
だって、デートだし。せっかく作ってきてくれるならもっと甘ったるい雰囲気が良いと思わなくもない。好きな子が作ってきてくれるものなら、尚更。
あかりがきょとんとした顔で言う。
「瑛くん、辛いものが好きなんでしょ?」
「そうだけど……ああもう察しろよ……」
「?」
そうして改まって説明するのも気恥ずかしくて、口ごもってしまう。何で、辛いものなんて答えたかな、俺……。こんな甘ったるい展開を予想できたらもっと別のものを答えたのに。
13.04.09
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