かわいい服は似合わないと言い張る君に似合う服


「あ、これ。なんかおまえっぽい」
「うーん、パス!」

ハッキリ言った。ハッキリと言われた。指さした先にあるのはパフスリーブのブラウス。胸元に切り返しがあるデザインで、そこから淡い水色のプリーツが広がって似合いそうだな、なんて思ってしまった。そしたら、この仕打ち。何だよ、もう……。

週末、あかりと一緒に公園通りまで買い物に出かけた。何か店に合いそうなものを探そうかなと思っていたけど、いつの間にかあかりと洋服を見ていた。フリルやレースをあしらった服が多くて、全体的に可愛らしい雰囲気の店だった。そうして似合うと思って勧めたのにキッパリと断られてしまった。

あかり とは週末連れだって出かける機会が多かったけど、あかりはあんまり着飾らないタイプなのか、本当に“普段着”という感じの服装が多かった。今日も、お馴染みのピンク色のジャージ……ジャージだよな、うん……ジャージを着ている。男と出かけるのにジャージで来る女、それがあかりだ。飾り気がないというか、まあ、らしいっちゃ、らしい気がするから、別にいいけど……とは思うけど、でも、たまには別の格好も見てみたいと思わなくもない。そう、例えば、これとか。そう思って指さしてまで勧めてみた服は、ばっさりと切り捨てられた。――うーん、パス! だって。あんまりじゃないかと思う。

「何だよ……」

指さしていた指をようやく引っ込める。

「そこまで言わなくたっていいだろ……」

人が折角勧めてるのに。
思わず憎まれ口が口をついて出たけど、声に出してみたら、まんま、子どもがむくれているみたいな調子だった。何だか堪らない気分になる。週末、公園通りに出かけようと誘ってみて、あかりも「うん、行こうよ!」って笑顔で頷いて(そう、笑顔で頷いてた)、今朝だって、窓を開けたらよく晴れてて、何だかよく分からないけど、それだけで気分が弾んで、待ち合わせ場所にもやたら早く着いてしまって、あかりはあかりで例によって遅刻気味で待ち合わせ場所にやって来たけど、慌てたように走りながら「ごめんね」なんて言われたら、別に怒る気持ちなんか起こらなくて、むしろ、ちゃんと来てくれたことが嬉しいくらいで……だから、つまり、今みたいに険悪な雰囲気にするつもりなんて、全然なかったのに。なのに、なんでこんなことになってるんだ。

――もういい。今日はうまくいかないみたいだ。
『帰ろう』と言おうとして、顔を上げたら、泣き顔が目に入った。黒目がちな目にいっぱい涙をためて、でも、泣きださないように唇を噛んでいて、まるで子どもが泣くのを堪えているような顔をしていた。
思わず声を上げた。

「……な、泣くほどイヤだったのかよ!」
「だ、だって!」

あかりも負けずに声を上げた。涙声で、声が少し割れてた。こんな顔は初めて見た。

「ああいう服、似合わないんだもん!」
「……は?」

今にも泣きそうな顔だし、怒っているのか何なのか、顔は真っ赤だし、何て言うか、色気の欠片もない表情だったけど、でも、似合うか似合わないかと言うと……。

「いや、そんなことないだろ」
「そんなことなくないもん。似合わないもん……」

消え入りそうな声で言った。服とあかりに、交互に視線を送る。……うん、似合わない訳じゃないと思う。ハンガーごと服を手にとってベソをかいてるあかりの前にあてがう。

「そんなことないだろ」

あかりは泣きっ面に蜂みたいな顔をして頭を振る。

「似合わないよ。何で、そんなイジワルなこと言うの?」
「は? イジワルなんて……」
「イジワルだよ! わたしだって、こういう服に憧れるけど……でも似合わないから着れないのに、そういうこと言うなんて、瑛くんはイジワルだ」
「だから似合うって言ってるだろ」
「似合わないよ。着てみれば分かるよ」
「じゃあ着てみろよ。似合うか似合わないか判断してやるから」
「……ヤダ!」
「何でだよ!」

売り言葉に買い言葉。何を言っても『似合わない』の一点張りなあかりにいい加減いらだってきた。あかりは目を伏せて思い切った調子で声を上げた。

「……ふ、太って見えるから嫌なの!」
「太っ……」

ぶしつけだとは思ったけど、思わずあかりの体をを上から下に見下ろす。

「……てないだろ、別に」

身長はそんなに高くないと思うけど、別に標準体型だと思う。あかりが胸元をおさえてぼそぼそと言う。

「…………胸が、ね」
「胸?」
「そういうゆったりしたデザインの服を着ると、お腹出てるみたいに見えるの!」
「え」
「わたしだって、そういう可愛らしいデザイン、すごく好きだけど、その服、胸のすぐ下に切り返しがあるでしょ? 胸の高さから真っ直ぐに生地が落ちるから……着ると不格好な感じになっちゃうんだよ」
「そ、そうなの、か?」
「そうなの」

あかりが重々しい調子で頷く。思わずピンク色のジャージの胸元に視線が集中してしまう。…………まあ、確かに結構大きいよな。少なくとも小さくはない。それにしても知らなかった。女物の服も結構難しいんだな。
視線に気がついたのか、あかりは自分の手で胸元を押さえた。

「……瑛くんやらしー」
「違っ……! おまえが変なこと話すからだろ!」
「変なことじゃないよ。深刻な悩みなんだよ……」

そう言って本当に本気の様子でしょげ返っている。そんな姿を見ていたらそれ以上つっこむ気にはなれなかった。項垂れているせいで今はつむじしか見えない。つむじに話しかける格好になりながら言った。

「なあ、あかり」
「なぁに? “やらしー”瑛くん」
「違うって言ってるだろ。……おまえは似合わないって言い張るけど、俺はそうは思わないよ。本当に似合うと思ったから勧めたんだ」
「…………」
「服の形とか、俺、男だしよく知らないから気づかなかった。だから……別にイジワルしようとして言ったわけじゃないから……」

うなだれて相変わらずつむじしか見えないままだったあかりが小さな声で「――くれる?」と言った。「え?」よく聞こえなくて聞き返すと、顔を上げた。ようやく顔が見えた。唇を尖らせてあかりが言う。

「……また、おすすめしてくれる?」

そうして小首を傾げてそんなことを言う。「ああ」と頷くと、目元を微笑ませた。

「あんまり胸元が目立たないのにしてね」
「いやそれはむしろ逆の方が……」
「え?」
「……や、何でもない」

男心を優先すれば角が立つし、そもそも着てはくれないんだろうなあと思う。それでも見てみたいと思うのだから始末に負えないし、悩ましい。別に胸元の話じゃない。……いや本当に。

もう一度、似合わないからとバッサリ切り捨てられてしまったブラウスに目をやる。……似合うと思うんだけど。本当の話。



2013.04.06
*服の件はむかーしO.L.進.化.論で読んだ記憶が元です

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